キスのその後に

1.木村優香

「キスしていい?」
間宮(まみや)先輩はそう言って、優香(ゆうか)を見つめた。

優香の心は躍っていた。

完璧。何もかも。

学校中が羨むほどのイケメンの先輩。
それなりに可愛い私。

制服姿で見つめ合う高校生の男女。
夕方の公園。
オレンジ色の夕日。
さらに今日はクリスマスイブ。

あぁ。
何年も夢見てきたファーストキスが。
まさに。これから。

小学2年生で少女漫画に目覚め、毎月何冊もの漫画を読み漁った。
師と仰ぐ漫画家先生は数十人。
恋愛のバイブルと崇める作品は数知れず。

いずれの名作においても、主人公たちが気持ちを確かめ合う初めてのキスは、素朴ながらも最高のシチュエーションで執り行われる。

静かに見つめ合う2人。
触れ合う手と手。
無言のまま顔を近づける。
画面は引きのアングルでキスする2人を描き、The End。

優香はいわゆるヲタクである。
表向きは今どきのキラキラした女子高生。
しかし家に帰れば、何百冊もの漫画本に囲まれた部屋でその世界に浸ることが日課となっている。

その結果、見た目に反して実戦経験はない。
それでもいつか来るであろうその時に備えて、イメトレだけは欠かさない。

いいよ。
この調子。

間宮の顔が近づいてくる。
優香は、絶妙なタイミングで目を閉じた。

唇と唇が触れた。
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