キスのその後に
何度かキスを繰り返した後、坂井は静かに唇を離した。
杏奈を見つめてくる。

体に力が入らない。
脳みそがとろけそう。

「…ごめん。」
坂井が気まずそうな声色で言う。

「…うん。」
杏奈は坂井を見ることができない。
顔が熱い。

「ごめん。」
坂井がもう一度言った。

…何で謝るの?
勢いでキスしちゃったから?

私のこと好きでもないのに…?

しかし杏奈はそれでもいいと思った。

一瞬でも坂井をそういう気持ちにさせたことが嬉しかったし、何よりも坂井とキスをしたという事実に対して、今は喜びと興奮でいっぱいだ。

2人はその後、特に話をするわけでもなく、手を繋いだままイルミネーションを眺めた。

坂井は今でもあの人を想い続けている。その想いは届くことがないことも、彼は知っている。

それでも坂井はあの人が好きで。
どうしようもなくて。

杏奈はそんな坂井を、近くでずっと見てきた。

杏奈もまた同じ。

杏奈の想いが坂井に届くことはないのだろう。それはよくわかっている。

でもやっぱり坂井のそばにいたい。
坂井の笑顔を見ていたい。
坂井が悲しい時は、そっと見守っていたい。

それが叶うなら、都合のいい女でもいいとさえ思える。

…バカだなぁ、私。

繋いだ手から、坂井の体温が伝わってくる。大きくて温かい手。

離したくない。

杏奈は涙が出そうになって上を向いた。

冬の晴れた夜空は、下界のイルミネーションに照らされて、いっそう冷たさを増していた。
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