キスのその後に

7.矢澤玲子

目の前の大きな扉が開くと、向こう側の空間はまばゆいほどの光に包まれていた。玲子(れいこ)は耐えられずに目を細める。

「どうぞ。お進みください。」
後ろから、プランナーの木村が声を掛けてきた。

深く息を吐き、呼吸を整える。

こんな茶番のような結婚式。
緊張なんてしないと思っていたのに。思いの外、心臓が早い。悔しい。

隣にいる父親を見上げると、緊張した面持ちでまっすぐ前を見ている。

「お父さん、行くよ。」
小声で言うと、玲子は父親と腕を組み足を踏み出した。
たくさんの大きな拍手に迎えられ、玲子はバージンロードを進んでいく。

あぁ、でもやっぱり素敵。ここにして正解だったわ。

この街のシンボルタワーともいうべきコンベンションセンターの最上階。全面ガラス張りのチャペルで、今日、玲子は結婚式を挙げる。

街全体が見渡せるこのチャペルの人気は凄まじく、1年前から予約をしてようやく今日を迎えた。

そんな待ちに待った結婚式のはずなのに、玲子の笑顔はぎこちない。

「玲子おめでとう。」
「おめでとう、玲子。すごい綺麗。」
左斜め前方から、2人の女性が声を掛けてきた。

真由(まゆ)とサキ。
高校時代からの玲子の友人で、大人になってからも定期的に3人で集まっては、近況報告をし合う仲だ。

「ありがとう。」
玲子はにっこりと笑いかけながら、真由を見た。

黒いシックなドレスにアクセサリーはネックレスのみ。細身なデザインのドレスなので、真由のスタイルの良さが強調されている。
髪は後ろでまとめられており、細くて長い首がいっそう綺麗に見える。

真由は昔から、自分の見せ方を知っている。
顔は飛び抜けて美人というわけではないのだが、人懐っこい性格も相まって男子にはかなり人気があった。

今この瞬間でさえ、新郎側の招待客の男性たちが、玲子ではなく真由の方をチラチラと見ているのがわかる。

…このクソ女。

玲子は心の中で舌打ちをした。

可愛らしい花々で飾られたバージンロードの先には、白いスーツを着た新郎の嶋谷圭介(しまたにけいすけ)が穏やかな顔で立っている。
圭介に向かって歩みを進めながらも、玲子は、彼の視線が一瞬真由に向いたのを見逃さなかった。

信じられない。

あなたが今見つめるべきなのは私であって、真由じゃない。

この式場を抑えるのに、私がどれだけ頑張ったと思ってるの。
このドレス、いくらかかったと思ってるの。
料理選びや選曲や招待客のリストアップまで、今日のためにどれだけ必死に準備してきたと思ってるの。

あなたが真由と楽しんでいる間に…。

玲子は涙が出そうになるのをぐっと堪えた。
鼻の奥がツンとする。
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