キスのその後に
香織は一度結婚を経験している。

大学を卒業してすぐに、その時付き合っていた2歳年上の男性と結婚をした。結婚式もそれなりに盛大に挙げた。

そして1年後に娘も産まれたが、その娘が1歳の時に離婚した。
原因は相手の浮気だった。
香織が妊娠中から続いていた関係だと知り、どうしても許すことはできなかった。

華々しい結婚式を行ったところで、結果がそれでは気持ちのやり場がない。

ある結婚情報誌で、どこかの会社のウエディングプランナーのインタビューを読んだことがある。

「新郎新婦の新しい門出の日に立ち会えることが幸せです」
とか
「幸せな日々のスタートを共に作り上げていけることがやりがいです」
とか書かれていた。

自己満足が過ぎると思った。
香織には理解できない。

結婚生活が幸せな日々になると、どうして言えるのか。

もちろん香織だって、この仕事が好きだから続けている。やりがいだってある。

しかしそれは、結婚式というセレモニーを新郎新婦の希望通りに計画し、完璧に実行するということに対してだ。

2人の幸せとかこれからの生活とか、そんな不確実なものは関係ない。

「どうぞ。」
目の前に、ビールと料理が置かれた。

「え、頼んでないけど。」
香織が料理の盛られた皿を指差す。

「サービスです。いつも頑張っている香織さんに。」
翔太がニコッと笑った。
「ツブ貝のアヒージョです。ビールに合いますよ。」

「…ありがとう。」
ツブ貝を1つフォークで刺して、口に運んだ。

「おいしい。」
香織は思わず翔太を見た。

あはは、と翔太は笑い、
「でしょ?香織さんの好きな味にしておきましたから。」
と言った。

…この子のこういうとこ。
うまいんだよな。

私がもう10歳でも若ければ、絶対好きになってただろうな。

香織はツブ貝をもう1つ口に入れた。

少しだけ自分の年齢を恨んだ。
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