キスのその後に
翔太の顔をこんなに近くで見たのは、おそらく初めてのことだろう。

「香織さんの顔、こんなに近くで見たの初めてかも。いつもカウンター越しだし。」
翔太が笑った。

また心の声が聞こえたのだろうか。

「そうだね。」
心臓が早くなるのがわかる。
「あんまり見ないでよ。もうすぐ40歳のおばさんの顔なんて。」

香織は目をそらした。

平静を装いながら、ビールを飲む。

一口。

二口。

そしてグラスを傾けて、一気に残りを飲み干した。

左側から翔太の視線を感じる。

年甲斐もなく、ドキドキしている自分がいた。

男にこんなに近くから見つめられるのなんて、どのくらいぶりだろう。

「香織さんはおばさんなんかじゃないです。すごく綺麗です。」

その言葉に、香織は思わず翔太を見た。
「あ、ありがとう。」

眉間の辺りがモヤモヤする。

ヤバい。
酔いが回ってきたかな。

翔太はゴクゴクと喉を鳴らして、グラスのビールを半分程飲んだ。

「やっぱ仕事の後のビールはいいですね。香織さんがこのために仕事してるって言うの、全面的に共感できます。」
そう言って、無邪気な顔で笑う。

かわいいじゃない。

「でしょ。」
香織は食い気味に答えた。
< 29 / 34 >

この作品をシェア

pagetop