キスのその後に
「ねぇ、翔太くん。」
香織は左に体を向けた。

「翔太くんはまだ若いしかっこいいんだから、相応の女の子と出会えると思うんだよね。わざわざ私みたいなバツイチの子持ちと付き合うことなくない?」

香織は翔太の目を見て続けた。
「もし私をからかってるんなら、ホントにやめてほしい。」

これは本心だ。

この歳になって、こんな若い男に心をかき乱されるのは嫌すぎる。

すると翔太は目を見開いて、信じられないというような顔をした。
「僕は…。」

「バツイチで子供がいても、香織さんのことが好きだと思いました。仕事終わりに僕が作ったお酒をおいしそうに飲んでくれる香織さんを見てると、僕も幸せなんです。」
そこまで一気に言うと、グラスのビールを飲み干した。

トンっと、勢いよくカウンターにグラスを置く。

「どうしたらわかってもらえます?」
翔太は、香織を睨むような表情をした。

…本気?

香織は心が揺れた。

胸がきゅっと締め付けられるような気分。その後に湧き上がってくる高揚感。

それでも翔太と付き合うなどありえないと、さらに断る理由を探す自分がいる。

そして、酔いにまかせて思いついた。

「じゃあさ、私とキスできる?」

こんな言葉、今まで自分から言ったことなどない。
ものすごく恥ずかしいことを言っているのはわかっているが、動揺していることを悟られてはいけないような気がしたのだ。

大人の余裕を、この若い男に見せつけてやる。

翔太は、目を丸くしたまま微動だにしない。

でしょうね。
できるわけないもの。

ふふっと心の中で笑って、香織はカルーアミルクを全部飲んだ。
カラン、と氷が鳴る。

翔太とこんなふうに変な感じになってしまって…明日からは他の店を探さないといけないかな。

そんな事を考えながら、もう今日は帰ろうかと、香織は椅子から立ち上がろうとした。

その時だ。
左腕を掴まれて引き寄せられた。

その勢いでよろめいた香織を受け止めると、翔太がキスをしてきた。

唇に軽く触れるくらいの優しいキス。

唇が触れていたのは、ほんの数秒。

ゆっくり顔を離すと、翔太はにっこりと笑った。
「香織さんがキスできるかって言ったんですよ。僕まだ若いんで、素直なんです。」

そう言ってペロッと自分の唇を舐める。
「…甘い。カルーアのせいですかね。」
< 32 / 34 >

この作品をシェア

pagetop