私が大聖女ですが、本当に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣国の王子と幸せになります
22 崩壊の足音…… 3
国王となったニコライはすべての権力を手中におさめたはずなのに、いらだっていた。
頭痛がひどい、それに伴って吐き気までするようになっていた。
神殿の聖女はカレンをはじめ、誰もニコライを癒すことが出来ない。そんなおり、黒の森の結界がほころんだ。
フリューゲルの進言もあり、カレンを送りこむことにした。どうせ王都にいても役に立たない聖女だ。しかし、フリューゲルの話では、聖女が一人では足りないと言う。
「なぜだ? 少しほころんだだけなのだろう? リアはカレンが行くまで一人だったではないか」
「陛下、先の戦いを思い出してください。どれほど時間がかかったかを、早く済ませるために多くの人員を割いた方がよいのではないですか?」
確かにフリューゲルの言う通りだ。だが引っ掛かりがある。
「カレンがリアよりも数段劣るからではないか?」
そう考えれば腑に落ちる。カレンは治癒魔法ひとつろくにかけられない。現にニコライの頭痛は断続的に起こり、一向に治る気配がない。
「確かに神聖力の面ではいささかリアより弱いです」
「いささか? あの者は私の頭痛すら治せなかった」
「ここだけの話ですが、カレンは、我ら神殿を欺き、自分の能力と手柄を偽っていたようで……」
♢
カレンはジュスタンに言われた通り、荷造りをしていた。
しかし、黒の森に行く気はない。リアがいない状態で行くなど、恐ろしくて無理だ。精霊に愛された彼女がいなければこの黒の森は沈められない。
「少し神殿に所用があります」
使用人達に伝え、カレンは馬車で神殿に向かった。ジュスタンの屋敷より神殿の方が逃げやすい。大神殿に来る一般の参拝客に混じって逃げようと考えた。
しかし、神殿では、副神官長のヘルマンが待ち構えていた。ジュスタンがカレンに逃亡の危険があると知らせたという。
「いやよ。行きたくない。行きたくない。行きたくない。この人でなし! あなた達が行けばいいじゃない。ここではいつだって神官の方が偉いじゃない。どうしてこんな時ばかり聖女なの? リアを戻してよ。早くあの子を連れてきなさいよ!」
泣き叫ぶカレンは、抵抗もむなしく黒の森へ連行された。
♢
カレンが黒の森へ旅立って半月もしないうちに、ジュスタンは王宮に呼び出された。神殿で無様な逃走劇を演じたカレンとの婚約はとっくに白紙に戻している。
ニコライからの用件は分かっていた。黒の森での魔物討伐が上手く行かないのだ。いまあの地にいるのは兵士に傭兵、それと聖女数人。
ジュスタンは腹をくくった。カレンのように逃げ出そうとした末、強制的に送り込まれるなど聖騎士として無様な真似はしない。中央でもう少し地盤を固めたかったが……。
国王の命をうけ聖騎士団一個中隊を率いて、再びジュスタンは黒の森へ向かった。
魔物をある程度討伐し、あとは聖女たちに結界を張らせる。それだけの簡単な仕事だ。今回はカレンの他に四人も聖女が送られている。ジュスタンが行く前に兵士の増員もあった。
ニコライは本気で、早く黒の森を鎮めようとしている。前回のように兵士より傭兵が圧倒的に多いという事もなく、兵士の補充も抜かりない。それはジュスタンも望むところである。
すぐに済むだろう。このときは楽観していた。
しかし、黒の森が近づくにつれ、その濃い瘴気に悩まされた。報告では結界にほころびが出来ただけだと聞いている。だがこの瘴気は前回の戦いの比ではない。
(どうしたのだ?)
近づくにつれ、よく訓練された軍馬が、怯え始めた。豪華な料理や風呂を設営するために連れてきた一般の使用人達が体調不良を訴える。
ジュスタン自身も身体が重くだるい。瘴気にあてられたのだ。
仕方なく戦えない者達を途中に置いて、何とか現地についてみれば、負傷者が多すぎて戦える兵が圧倒的に足りなかった。
(いったい、何が起きている? 魔物が凶暴化しているのか?)
しかし、そのような報告はない。すぐに聖女の代表であるカレンを呼びに行かせた。
「聖女カレン、これはどういうことだ? 今回聖女はお前を含め五人もいるはずだろう? なのにこの負傷者の多さ、今まで何をしていた!」
彼女はイライラした様子で、すこぶる機嫌が悪い。無理矢理戦場に連れてこられ、不貞腐れているのだろう。ジュスタンは強い口調で叱責した。もうカレンに情などない。
「私にもわかりません。なぜか、ヒールの効きが悪いのです」
カレンの言い方はどこか投げやりだ。
「それならば、この重い瘴気をどうにかしろ。馬たちが怯えている。これでは兵士も騎士も存分に力が発揮できない」
するとカレンがまなじりを吊り上げた。
「この澱みきった瘴気をどうにかしろと? 冗談ではないわ! 私は負傷者も癒さねばならないのですよ? 瘴気を払う余力などありません」
聖女らしからぬことをきっぱりと言い切った。兵の増員もあったことだし、負傷者ならば衛生兵でも事足りる。聖女の癒しなど必要ない。
だいたい瘴気を払うことは聖女にしかできない。彼女たちはそのためにいるのだ。
「何を言う。今回聖女はお前を含め五人も派遣されているのだろう? 十分に手が足りているはずだ。リアはお前が来るまで一年半以上一人で戦場を支えたんだぞ」
「だから、何なのですか? 皆、私より神聖力の弱いものばかりではないですか。あんな者達、ちっとも役に立ちません」
カレンは反抗的だ。二人の仲はカレンをこの戦場に追いやったときから決裂している。
彼女はリアと違い非効率的なことをやっている。リアのように全体が見えていないのだ。目先の負傷兵に囚われている。
ジュスタンはカレンの無礼な態度に腹立つ気持ちを抑えた。所詮、カレンは素人だ。戦場のことは何もわかっていない。
「カレン、お前は少し疲れているのだろう。瘴気にあてられたのではないか? 負傷者の手当てはやらなくていい。衛生兵に任せる。
まずは聖女たちを集め、彼女達とこの濃い瘴気を鎮めろ。それから、広範囲に回復魔法をかけるんだ。それだけでも兵士の士気は高まり、戦いやすくなる。補助的なことだ。それならば簡単に出来るだろう?」
口調をやわらげ、噛んで含めるように説明する。
この際けが人の治癒は後回しだ。全体の士気を上げた方が早い。馬も進めぬほど強い瘴気では存分に聖騎士たちが力を発揮できない。
しかし、ジュスタンの言葉にカレンが目を剥いた。
「何をおっしゃっているのです? 瘴気を鎮めろ? こんなに広範囲に溢れている濃い瘴気を? できればとっくにやっています」
「何をいっている。瘴気を鎮め、結界を張るのが聖女の役目だろう? 何のためにお前たちは戦場に来たのだ」
ジュスタンはカレンの言い草にかっとなり、強く叱責した。
彼女は少しおかしい。戦場で追い詰められた兵士の中にはしばしばこういう症状が出る者がいる。決まって彼らは弱い。戦場に向かない人間なのだ。役立たずで、お荷物。
かつての婚約者にジュスタンはそんな烙印を押した。
頭痛がひどい、それに伴って吐き気までするようになっていた。
神殿の聖女はカレンをはじめ、誰もニコライを癒すことが出来ない。そんなおり、黒の森の結界がほころんだ。
フリューゲルの進言もあり、カレンを送りこむことにした。どうせ王都にいても役に立たない聖女だ。しかし、フリューゲルの話では、聖女が一人では足りないと言う。
「なぜだ? 少しほころんだだけなのだろう? リアはカレンが行くまで一人だったではないか」
「陛下、先の戦いを思い出してください。どれほど時間がかかったかを、早く済ませるために多くの人員を割いた方がよいのではないですか?」
確かにフリューゲルの言う通りだ。だが引っ掛かりがある。
「カレンがリアよりも数段劣るからではないか?」
そう考えれば腑に落ちる。カレンは治癒魔法ひとつろくにかけられない。現にニコライの頭痛は断続的に起こり、一向に治る気配がない。
「確かに神聖力の面ではいささかリアより弱いです」
「いささか? あの者は私の頭痛すら治せなかった」
「ここだけの話ですが、カレンは、我ら神殿を欺き、自分の能力と手柄を偽っていたようで……」
♢
カレンはジュスタンに言われた通り、荷造りをしていた。
しかし、黒の森に行く気はない。リアがいない状態で行くなど、恐ろしくて無理だ。精霊に愛された彼女がいなければこの黒の森は沈められない。
「少し神殿に所用があります」
使用人達に伝え、カレンは馬車で神殿に向かった。ジュスタンの屋敷より神殿の方が逃げやすい。大神殿に来る一般の参拝客に混じって逃げようと考えた。
しかし、神殿では、副神官長のヘルマンが待ち構えていた。ジュスタンがカレンに逃亡の危険があると知らせたという。
「いやよ。行きたくない。行きたくない。行きたくない。この人でなし! あなた達が行けばいいじゃない。ここではいつだって神官の方が偉いじゃない。どうしてこんな時ばかり聖女なの? リアを戻してよ。早くあの子を連れてきなさいよ!」
泣き叫ぶカレンは、抵抗もむなしく黒の森へ連行された。
♢
カレンが黒の森へ旅立って半月もしないうちに、ジュスタンは王宮に呼び出された。神殿で無様な逃走劇を演じたカレンとの婚約はとっくに白紙に戻している。
ニコライからの用件は分かっていた。黒の森での魔物討伐が上手く行かないのだ。いまあの地にいるのは兵士に傭兵、それと聖女数人。
ジュスタンは腹をくくった。カレンのように逃げ出そうとした末、強制的に送り込まれるなど聖騎士として無様な真似はしない。中央でもう少し地盤を固めたかったが……。
国王の命をうけ聖騎士団一個中隊を率いて、再びジュスタンは黒の森へ向かった。
魔物をある程度討伐し、あとは聖女たちに結界を張らせる。それだけの簡単な仕事だ。今回はカレンの他に四人も聖女が送られている。ジュスタンが行く前に兵士の増員もあった。
ニコライは本気で、早く黒の森を鎮めようとしている。前回のように兵士より傭兵が圧倒的に多いという事もなく、兵士の補充も抜かりない。それはジュスタンも望むところである。
すぐに済むだろう。このときは楽観していた。
しかし、黒の森が近づくにつれ、その濃い瘴気に悩まされた。報告では結界にほころびが出来ただけだと聞いている。だがこの瘴気は前回の戦いの比ではない。
(どうしたのだ?)
近づくにつれ、よく訓練された軍馬が、怯え始めた。豪華な料理や風呂を設営するために連れてきた一般の使用人達が体調不良を訴える。
ジュスタン自身も身体が重くだるい。瘴気にあてられたのだ。
仕方なく戦えない者達を途中に置いて、何とか現地についてみれば、負傷者が多すぎて戦える兵が圧倒的に足りなかった。
(いったい、何が起きている? 魔物が凶暴化しているのか?)
しかし、そのような報告はない。すぐに聖女の代表であるカレンを呼びに行かせた。
「聖女カレン、これはどういうことだ? 今回聖女はお前を含め五人もいるはずだろう? なのにこの負傷者の多さ、今まで何をしていた!」
彼女はイライラした様子で、すこぶる機嫌が悪い。無理矢理戦場に連れてこられ、不貞腐れているのだろう。ジュスタンは強い口調で叱責した。もうカレンに情などない。
「私にもわかりません。なぜか、ヒールの効きが悪いのです」
カレンの言い方はどこか投げやりだ。
「それならば、この重い瘴気をどうにかしろ。馬たちが怯えている。これでは兵士も騎士も存分に力が発揮できない」
するとカレンがまなじりを吊り上げた。
「この澱みきった瘴気をどうにかしろと? 冗談ではないわ! 私は負傷者も癒さねばならないのですよ? 瘴気を払う余力などありません」
聖女らしからぬことをきっぱりと言い切った。兵の増員もあったことだし、負傷者ならば衛生兵でも事足りる。聖女の癒しなど必要ない。
だいたい瘴気を払うことは聖女にしかできない。彼女たちはそのためにいるのだ。
「何を言う。今回聖女はお前を含め五人も派遣されているのだろう? 十分に手が足りているはずだ。リアはお前が来るまで一年半以上一人で戦場を支えたんだぞ」
「だから、何なのですか? 皆、私より神聖力の弱いものばかりではないですか。あんな者達、ちっとも役に立ちません」
カレンは反抗的だ。二人の仲はカレンをこの戦場に追いやったときから決裂している。
彼女はリアと違い非効率的なことをやっている。リアのように全体が見えていないのだ。目先の負傷兵に囚われている。
ジュスタンはカレンの無礼な態度に腹立つ気持ちを抑えた。所詮、カレンは素人だ。戦場のことは何もわかっていない。
「カレン、お前は少し疲れているのだろう。瘴気にあてられたのではないか? 負傷者の手当てはやらなくていい。衛生兵に任せる。
まずは聖女たちを集め、彼女達とこの濃い瘴気を鎮めろ。それから、広範囲に回復魔法をかけるんだ。それだけでも兵士の士気は高まり、戦いやすくなる。補助的なことだ。それならば簡単に出来るだろう?」
口調をやわらげ、噛んで含めるように説明する。
この際けが人の治癒は後回しだ。全体の士気を上げた方が早い。馬も進めぬほど強い瘴気では存分に聖騎士たちが力を発揮できない。
しかし、ジュスタンの言葉にカレンが目を剥いた。
「何をおっしゃっているのです? 瘴気を鎮めろ? こんなに広範囲に溢れている濃い瘴気を? できればとっくにやっています」
「何をいっている。瘴気を鎮め、結界を張るのが聖女の役目だろう? 何のためにお前たちは戦場に来たのだ」
ジュスタンはカレンの言い草にかっとなり、強く叱責した。
彼女は少しおかしい。戦場で追い詰められた兵士の中にはしばしばこういう症状が出る者がいる。決まって彼らは弱い。戦場に向かない人間なのだ。役立たずで、お荷物。
かつての婚約者にジュスタンはそんな烙印を押した。