揺るぎない王子 ~あなたについているものが視えるんです~
♢♢ユーリ視点♢♢
「ああ、もう最悪だなアゼリアは。リリア、君みたいな人が私の婚約者となればいいのに」
この国の第一王子ローガン(十八歳)が言えば、
「まあ、殿下、無理ですわ。私ではアゼリア様には勝てません。あの方は、なにをやらせても一番。私なんて」
これまた美しい伯爵令嬢リリア(十六歳)が悲し気に答える。
「かわいそうに、またアゼリアに何かきつい事を言われたのかい」
今日も彼らは結ばれることのない自分たちの関係に酔っている。
ここは王宮、鏡の大広間。
シャンデリアの煌めく広間では、夜会が繰り広げられていた。
貴賓席ではこの国のうつくしき第一王子ローガンとレイス伯爵家令嬢リリアが愛を囁き合い、ローガンの婚約者を貶めている。
第二王子ユーリはそんな二つ上の兄の王子の様子を呆れたように眺め、隅の席でシャンパンを傾けていた。
そんなユーリの元へ騎士団長の息子ケインがやって来る。彼はユーリと同じ年で、同じ貴族学校に通っている。
「おやおや今日はアゼリア嬢は登場しないようですね」
とおどけた口調で話しかけてくる。
アゼリアはコーリング侯爵家令嬢でローガンの婚約者だ。
ついこの間、「アゼリア、お前との婚約は破棄する!」とローガンが言って大騒ぎになったが、非公式な場だったので何とか騒動はおさまった。
もしも公式の場で「婚約破棄」などと言っていれば大変なことになっていた。
結局、国王が継承権のはく奪をちらつかせローガンを黙らせ、アゼリアとローガンとの婚約は続行となった。その際国王は有力貴族であるコーリング侯爵家に詫びとしていくばくか領地を与えたらしい。
「ケイン、お前がアゼリア嬢のファンだったとは知らなかったよ」
とユーリが返すとケインが笑いだす。
「まさか、ご冗談を? あんなきつい女、嫌ですよ。見物したいだけです。面白い見世物でしょう。
美人で、なんでも一番で気取っているアゼリアが、嫉妬に狂い可愛らしいリリアに噛みついて、ローガン殿下がそれを非難する。見ていてスカッとするじゃないですか? アゼリアも懲りずによくやりますね」
趣味が悪いと思ったが口に出さず。ユーリは笑んだだけだった。
「最近アゼリア嬢は体調がすぐれないようだ。よく学園をお休みしている」
「え、無遅刻無欠席の鉄の女が?」
アゼリアのことを馬鹿にしたように言うケインだが、成績は彼女の足元にもおよばない。
そのうちリリアと第一王子ローガンはバルコニーの向こうに消えた。
「ああ、アゼリアがいれば面白い事になったのになあ。彼女ならあそこに突撃して大騒ぎするだろう」
ケインが残念そうに言う。ユーリはそれを潮に立ち上がった。
「僕はちょっと外の空気を吸って来る」
「あれ? ユーリ殿下今日はまだ踊っていないんじゃないですか?」
「気分じゃないんだ」
そう言って庭園に向かう。
夜会は飽きた。
学園に蔓延しているアゼリアの噂話も。
彼女がローガンを好きな事は周知の事実で誰の目からも明らかだ。
だが、ローガンはアゼリアを嫌う。
侯爵令嬢できつい美貌の彼女は、高慢であまり男受けがよくない。
そのうえ、なんでも完璧に出来るから余計に敬遠される。学園でも成績は常にトップだ。
そしてこの国ではすべてに秀でた女性が第一王位継承者と結婚し王妃となる。優れた子孫を残すために。
ローガンはアゼリアを嫌い、愛らしいリリアと付き合っている。
王族の務めとしてアゼリアとは結婚するが、結婚前は束縛されたくないというのが彼の言い分だ。
ユーリはバラ園を抜け、庭園の奥にある池に来る。ここは絶好の休憩スポットなのだ。カップルはここまで来ない。ドレスを着た女性が大広間からここまで来るのは骨だ。
誰もいない。池のほとりに腰を掛けほっと一息つく。
「あの、今晩は」
突然声をかけられてユーリは驚いた。鈴を転がすような女性の声。
「すみません。ユーリ殿下、脅かすつもりはなかったんです」
振り返るとそこには金髪の美少女がいた。しかし、その端整な顔には険があり、たいていの男はそれを見て引いてしまう。
「おや、アゼリア嬢ではありませんか。なぜこのような場所へ?」
ユーリが首を傾げる。
「それは、もちろんユーリ殿下を追って」
これには驚いた。彼女はローガンを愛していて、どれほど貶められても彼一筋なのに、これはどうしたことだろう。
「なぜ、僕を? しかもこんなところまで。誰かに見つかったら、逢引きと間違えられてしまいますよ」
彼女にしては不用意だ。
「まさか、こんなところまで来るのはユーリ殿下くらいでしょう」
と苦笑する。
「よくご存じで」
「ええ、あなたの行動は監視していましたから」
ユーリは軽く目を見開いた。
「またどうして、僕のことなど監視していたのです?」
「誰の邪魔もないところで、あなたと二人きりでお話したかったからです」
「しかし、あなたは兄上の婚約者でしょう」
それはまずいのではないかという思いを言外に匂わせる。
「ええ、それはもう諦めました。ローガン殿下にここしばらく、『婚約破棄する』と言い続けられているので、さすがにもう……」
と言って彼女は珍しくうなだれる。
「え? 諦めると言うのは婚約を解消するということですか?」
「はい」
「家同士の取り決めなので上手くいかないとは思いますが……」
王も王妃も優秀なアゼリアを気に入っている。
「あれだけローガン殿下には嫌われているのです。私さえ承諾すれば、速やかに解消すると思います」
「そういうものですかね。それで、一体僕に何の用ですか?」
仲を取り持ってほしいと言うならば分かるが、そうではないらしい。面倒くさい事にならなければいいが……。
「少し話を聞いていただけませんか?」
彼女がユーリの考えを読んだように言う。
「……いいでしょう。ただ、ここへは休憩で来たので手短にお願いします」
あまり気は進まないが、話を聞くまで粘られそうな雰囲気だったので諦めた。
「コーリング侯爵家次女の私は、子供の頃から王族と結婚するように育てられました。
だから、ローガン殿下との婚約を解消した後、ユーリ殿下に私と婚約して頂きたいんです。今日はそのお願いに参りました」
「……」
突然の事で、一瞬彼女の言っていることが理解できなかった。
ただ、一方的に彼女の要求を押し付けられている状況だということは分かる。
「どうかしましたか? ユーリ殿下?」
「いや、あんまりにもびっくりしたから。あなたは今はまだ僕の兄の婚約者でしょう?」
「それも風前の灯です」
といって、アゼリアは寂しげに微笑む。
いつも強気の彼女らしくない。
確かに兄の様子を見るとその通りだが、それにしても親からではなく令嬢が直接申し込みにくるとは思わなかった。
これは彼女流の根回しだろうか?
「王族とはいっても、僕は第二王子です。しかも妾腹で王にはなれませんが、それでもいいのですか。
あなたはまだ兄上を愛しておいででしょう?
それに、アゼリア嬢は一番が好きなお方だ。二番手以下の僕では満足できないのでは?」
何やらトラブルの匂いがした。ユーリのトラブル回避能力は抜群に高い。
「ええ、私、ひと月前まではローガン殿下を心から愛しておりました。しかし、今は気が変わりました」
にわかに信じがたい、彼女の事は子供の頃から知っているが、ローガンに恋をしていたのは確かだ。
ほとんど一目惚れだったようで、アゼリアは彼の婚約者になるために頑張り、なってからも血のにじむような努力をしていたはずだ。
一体何があったというのか?
あれほどリリアとローガンに嫉妬し、彼らの仲を詰っていたのに。
婚約者である彼女が、ローガンとリリアに言う事はいちいち正論で、それが余計ローガンの癇に障っていた。
そのせいか、アゼリアはいつの間にか「生意気で可愛げがなく意地の悪い女」のレッテルを貼られていた。
それでも彼女はローガンに縋っていたのに、一体どういう心境の変化があったのだろうか。
「それで、あなたの心変わりに僕が付き合わなくてはならない理由は何ですか?」
トラブルの予感がした。ならば適当に話を聞いて、切り上げようと考えた。
「先ほども申しましたように、あなたが王族だからです。コーリング侯爵家の私は王族と結婚しなければなりません。そう躾けられてきました」
「なるほど、つまり僕は兄上の身代わりというわけですね」
「はい、そうなります。それでユーリ殿下のお返事は?」
ユーリは失笑する。
「いやいや、それで『はい』と言う人間はいませんよ」
「でも、どうしても私にはあなた以外考えられないのです。ユーリ殿下にとっても悪いお話ではないと思うのですが」
「とりあえず。外は冷えますから、広間に戻りませんか?」
彼女が狂おしいほどローガンを愛していたことは知っている。
失恋したショックでおかしくなってしまったようだ。これ以上付き合う必要はないだろう。
それにしても彼女には失恋話を聞いてくれる友人もいないのだろうか。気丈に振舞ってはいるが、ここまで追いつめられた彼女が少し哀れだ。
「なるほど、あなたは私が傷心でおかしくなってしまったとお思いのようですね」
再び、ユーリの心を読んだかのように言う。
「いえ、まさかそんなふうには思っていませんよ」
と言って微笑む。ユーリは感情を顔に出さないことには自信があったので内心驚いていた。
「では、こちらの事情を話しましょう。
私は二ケ月前に階段から落ちたんです。ローガン殿下を庇って。でも学園の噂では、いつの間にか彼を庇ったのはリリアになっていて。
ローガン殿下は私に庇われたと言うのが嫌だったんですね。頭を強く打ち、足をくじいて学園を休んだのですが、見舞いすらありませんでした。とても嫌われてしまいました」
悲しそうにアゼリアが言う。
「それはお気の毒に。お察ししますよ」
とユーリは眉尻を下げる。
「ええ、ですが『お気の毒』なのは、その後なのです」
アゼリアの声に熱がこもる。
「何か後遺症でも?」
ユーリの言葉に彼女が頷く。
「はい、さすがユーリ殿下です。話が早くて助かります。そう私は頭を強く打ったせいで後遺症が出てしまったんです」
「それで、兄弟である僕に責任を取れと?」
するとアゼリアが驚いたように首を横にふる。
「違います。ユーリ殿下が早く話を切り上げたいのは百も承知ですが、もう少し聞いていただけませんか」
「まあいいでしょう」
仕方なくもう少し付き合うことにした。
「相手の好感度が視えるようになったんです」
「は?」
「頭を打った日から、相手が私のことをどれほど好きか分かるようになってしまったんです」
それを聞いたユーリは目を見張った。
やはりアゼリアはおかしくなってしまったようだ。
ユーリに結婚を持ちかけた彼女は、ユーリが彼女を好きだと思っているわけで……。
「それで僕に結婚を申し込んだと?」
「ええ、おっしゃるとおりです」
「他を当たってみたらいかがです? アゼリア嬢は美しいから、いくらでもお相手はいるでしょう」
これ以上彼女の相手になりたくはない。
「やっぱり、好感度ゼロだと逃げるわよね」
ぼそりと呟いたアゼリアから、すっぽりと表情が抜け落ちた。
「え?」
ユーリは驚いて目を瞬いた。
「だから、あなたの私への好感度はゼロです。何か間違っています?」
「いや、そんなことは」
ユーリが首を振る。
「取り繕わなくて結構です。あなたの頭の上に表示されているんです。私への好感度が視えるんです。コーリング侯爵家付きの魔導士に聞いたところ、パラメーターと呼ばれるものらしいです」
これは、おかしな話になったと、首をひねりつつも彼女の話に引き込まれる。
「パラメーターですか。ちなみに兄上のパラメーターは?」
気になったので試しに聞いてみた。
「現在、-10です。そしてうちの魔導士によると、-50を超える相手は私に殺意を持っているのだそうです」
アゼリアが悔しそうに下唇を噛む。
「それは便利だな。自分に殺意を抱いているものが分かるなんて」
感心したようにユーリが言う。
「便利? とんでもない。人に嫌われているのが、はっきりと視えるんですよ? 数値化されているのです。どれほど傷ついたか。
ご存じとは思いますが、私は高位貴族の殿方には軒並み嫌われているのです。このままでは殺されてしまいます。だから、ユーリ殿下にお願いしているんです」
アゼリアが興奮して一気にぶちまける。もしかしたら妄言ではないのかもしれない。が、やはり意味が分からない。
「しかし、なぜ好感度ゼロの僕に? ちなみに今一番好感度が高いのは誰ですか」
「ついこの間までは、ケイン様でした」
彼は先ほどアゼリアのこと悪しざまに言っていた。だが、彼女は今過去形で話している。
「申し訳ないが、その話を信じろと言われても無理がある。しかし、好感度が視えるのならば、それを見ながら相手の好感度が上がることをすればいいんじゃないんですか?」
アゼリアがため息を吐く。
「そんなこと考えたにきまっているじゃないですか。もう、ケイン様で試しました」
ユーリはその言葉にはぎょっとした。
「え、どうやって?」
「最初、彼の私に対する好感度は10でした。ゼロではないので、やりやすいと思ったのです。
だから、にっこり笑って挨拶し、褒めてあげたんです。もちろん私は婚約者のある身ですから、それ以上のことは致しません。すると好感度はすぐに上がりました」
確かにきつい顔のアゼリアが笑ったら、そのギャップにやられることもあるかもしれない。彼女はそれだけの美貌を持っている。
そのうえ、辛口の彼女に褒められるなど、単純なケインならば、あっさり引っ掛かるかもしれない。
しかし、先ほどのケインの態度から、アゼリアへの好感度が高いとは思えない。いったい何があったのか気になる。
「では僕などに声をかけず、ケインと付き合ったらいかがです」
「言い寄られましたが、婚約者のある身ですからお断りしました。そうしたら、好感度が爆下がりして現在-20。以後、近づかないようにしています」
アゼリアは肩を落とす。
ユーリはなるほどと思った。ケインはプライドが高く女性を見下しているところがある。その変化には納得がいく。
「ならば、別に僕にこだわらなくてもいいのではないですか? それとも僕と結婚すれば兄上のそば近くにいられるからですか?」
「はずれです。むしろ傷がうずくのでローガン殿下にはお会いしたくないくらいです」
アゼリアがびしりと言う。
ユーリは肩をすくめた。女心というか、彼女の心は分からない。
「それならば、余計王族にこだわる理由はないと思います。ご両親と相談されてはいかがですか?
それに、あなたがそれほど他の殿方に嫌われているようには思えませんよ」
これはユーリの本音だった。好かれているわけではないが、すべての男性に嫌われているわけでもない。美人だし、侯爵令嬢なのだから、高飛車な態度さえ改めれば周りの評価も随分変わるだろう。
「ユーリ殿下は安心なんです。私はパラメーターが視えるようになってから、ローガン殿下にあの手この手で尽くしました。そのたびに好感度は下がり、―35を記録する日もありました」
いったいアゼリアは何をやらかした? ユーリはそんな驚きを胸のうちにしまう。
「ああ、それはなかなか危険水域ですね。おや、でも先ほどは、―10だったと言っていましたね。ということは保ち直したのではないですか?」
「そんなわけありません。試すまでもなく理由は分かっています。私がローガン殿下の前に現われなかったから、彼の気持ちが鎮まり、好感度がましになったのでしょう。
このままローガン殿下に会い続けたら私の好感度は確実に速やかに-50に到達します。
王族が本気になれば、たとえ私が侯爵令嬢と言えど事故に見せかけて殺されます」
アゼリアがきっぱりと言い放つ。
「なら、このまま兄上の目に触れずにいれば、あなたの好感度はますます上がるということですよね」
するとアゼリアが柳眉を逆立てた。
「そんなことはないと分かって言っていますよね? ローガン殿下は何をしても私が御嫌いです。もう、すでに手遅れなんです。私は、あの方の目の端に入るだけで好感度が下がるのです」
「失敬」
本当に気の毒な話だとは思うが……。
「もちろん、好感度は私の出方態度次第で変わります。
でもただ一人、あなただけは私がどんな振る舞いをしても変わらないのです。現にいまもゼロから動きません。
つまりいつでも私を好きでも嫌いでもなく、関心もない。だから、あなたと結婚したいと思ったんです」
実にかわった発想の持ち主だ。
「それは、これから先、好感度が急激に下がったりしないという理由からですか?」
「そうです。愛は求めていません。私は生きることを求めているんです。それに有力貴族の娘である私と結婚すればあなたには後ろ盾が出来ます」
ユーリは苦笑する。妾腹である彼は、後ろ盾が弱い。そのことを見透かされている。
「生きることを求めるのならば、僕は適任ではないと思いますが」
「なぜです?」
「一応王族ですので、妾腹とはいえ、それなりに命は狙われますから。あなたもとばっちりを受けるかもしれませんよ。
それにあなたを愛することはないので、僕は自分を第一優先にするでしょう」
「ああ、ご心配なく。私にはパラメーターが視えますから。自分の身は守れます」
「なるほど」
ユーリが眉根を寄せる。
「やはり、あなたのパラメーターは動きませんね」
「え?」
「私が失礼なことを言っても、同情を引くようなことを言っても、あなたのパラメーターは変わらないのです。つまり、あなたは人に嫌悪感を抱くこともなければ好意を抱くこともない。浮気の心配がないのです」
すました顔で、不躾なことをいう。
「それは、まかり間違っても、あなたを愛することはない、という事ですよ」
ユーリが言い返した。
「構いません。私の愛は死んでしまいましたから」
アゼリアが寂しげに言う。
それに関してだけは可哀そうに思う。
はたから見ていても兄の仕打ちは酷い。そのくせアゼリアを加害者に仕立て上げている。
「本当に兄上を愛していたんですね」
「愛してもいない人の為に努力なんて出来ませんよ」
「ええ、残念でしたね」
とユーリが気の毒そうに言うと、アゼリアが目を見開いた。
「驚きました。
あなたは、ちっとも私をかわいそうだとは思っていないのに、悲しそうな顔は出来るんですね。皮肉ではなく、素晴らしいと思います。
多分他のお方に対する好感度もそれぞれゼロなのでしょうね。
それであなたは私と婚約してくださるのですか?」
酷い言われようだが、だいたい合っている。他人にはあまり関心がない。ユーリは肩をすくめた。
アゼリアには取り繕わず本音で対処することにする。
「それに関しては無理ですね。あなたは何もかも一番だ。兄上は婚約の解消を喜んでも国王が許しませんよ。この国の王妃はすべてにおいて秀でていなければならない」
「それなら、ご心配なく。次で私は成績を落としますから。あなたとの婚約が確定するまでは一番にはなりません。今のあなたと同じように、分かる問題もわざと間違えますので」
これには驚いた。
「そのパラメーターは心まで読めるのですか?」
先ほどから彼女は勘がいい。
「まさか、今お話ししてみてそんな気がしたんです。カマをかけただけです。第二王子であるあなたが、第一王子より優秀であってはまずいのですよね」
恋に盲目になっていただけで、頭は悪くないようだ。
性格は少し変わっていて癖はあるようだが、寄りかかってこなさそうで、案外つきあいやすい女性かもしれない。
「そうでね。では前向きに検討してみましょう」
するとアゼリアが笑う。初めて見る彼女の笑顔。
「本当にすごいですね。1メモリも好感度が振れません。ゼロのまま。これは期待できます。ユーリ殿下よろしくお願いますね。私は絶対に裏切りません」
♢
アゼリアは約束通り、一ケ月後のテストで、一位から二十位に転落した。
そして自らが申し出て彼女はローガンとの婚約を円満に解消した。
「アゼリア、一度の失敗くらいで婚約者を辞退することはなかろうに」
と国王は残念がったが、
「すべて私の力不足でございます。もう限界のようです。今後恥をさらすより、いま身を引きたいと思います」
といってあっさりと引き下がった。
その後、驚くほど簡単にユーリとの結婚は決まった。
アゼリアの両親はローガンを嫌っていた。
元々婚約の継続は無理と思っていたようだ。すんなりと婚約は解消し、ユーリと婚約を結びなおした。
♢♢♢アゼリア♢♢♢
婚約が決まって半年が過ぎた。
アゼリアにとってユーリはとても安心できる男性だった。彼には感情の大きな起伏がなく、不機嫌な時もない。
婚約者同士となった二人は意外に気が合い学園のカフェで毎日のように食事をするようになった。
何を言っても揺るがない彼のパラメーターゼロにアゼリアは安心していた。
だがそこへ、いつものように、ローガンがやって来るようになった。
婚約を解消してからというもの、彼はよくアゼリアの元へ来る。今日も学園のカフェで捕まった。
「君たちはずいぶん仲がいいんだね」
ローガンの横にはいつもリリアがいる。婚約者候補にはマリエル公爵令嬢が有力と言われているのにまだリリアを侍らしている。
やはりローガンと別れて正解だったとアゼリアは思う。
リリアは殿方と一部の女子に大人気だが、成績は振るわず。王も王妃もローガンとリリアの婚約を許さない。
「はい、ユーリ殿下には仲良くして頂いています」
「ユーリ、アゼリアといて疲れない?」
とローガンは訳知り顔にユーリに問う。
「全く疲れません。とても気楽です」
とユーリが言うとローガンが驚いた顔をする。
「小言とか言われない? というかアゼリア、第二王子のユーリには甘いの?
そういえば、こういう噂を知っているかい?
アゼリアは俺にフラれたから、俺に顔が似ていて王族であるユーリと婚約を結んだと言われているんだよ。本当に不敬なことを言う奴らがいるものだね」
とにこにこと微笑みながらローガンは、ユーリからアゼリアに視線を移す。
「そうですか」
アゼリアは挑発に乗らず、短く答える。
「だってさ、ユーリ」
といってローガンはにやにやとして、今度はユーリに笑いかける。
「そういえば、僕と婚約したのは僕が浮気をしなさそうだからと言っていたね」
ユーリがアゼリアににっこりと笑いかける。
「はい、おっしゃる通りです。ユーリ殿下はとても誠実な方なので心安らかに過ごせます」
といってアゼリアもユーリに笑いかける。
それにはローガンが顔を引きつらせた。
「お前たちそれで上手くいっているの? 浮気しなさそうって、もてなさそうってことだろう? お前馬鹿にされているんじゃないのか?」
ローガンのほうがよほど失礼だ。それに美しい母親から生まれたユーリはローガンよりも美男子である。
「逆にお尋ねしますが、上手くいっていないように見えますか?」
とアゼリアが不思議そうに首を傾げる。
断りもせずローガンは彼らの向かい側にリリアと座る。
「アゼリア、君が僕と結婚したかった理由って何? 顔?」
やけにローガンが絡んでくる。
隣に座るリリアの表情が険しくなってきた。
「ローガン殿下、ここは居心地悪いです。あちらの席に移りましょう?」
リリアが甘ったるい声でねだる。さすがのアゼリアも感情が顔に出そうになる。
「いや、俺ちょっとアゼリアに確かめたいことがあるから」
二人の不愉快なやり取りを聞きながら、アゼリアはガタリと席を立つ。
「私、これから授業の準備がありますので失礼致します」
「ああ、じゃあ僕も。アゼリア、一緒に行こう」
ユーリも立ち上がった。
後には憮然としたローガンとリリアが残る。
「なんで兄上はあんなに君に絡んでくるんだろうね。しかも婚約を解消した途端に」
と廊下を歩きながらユーリが言う。
「あなたも絡まれていたではないですか。というか主にユーリ殿下に絡んでいたのだと思いますよ」
アゼリアはいった。
「僕はいつものことだから。それで、僕らは婚約したけれど兄上の好感度はどうだった?」
「それが、上がっているんです」
今更迷惑な話で、アゼリアは困惑した。
「え? あんなにねちねち嫌味を言ってきていたのに?」
「はい」
「いくつ?」
「+70です」
ユーリがしばし絶句する。
「……それで、君はまた一番に返り咲いて、兄上と婚約を結びなおしたい? 僕は君がそれで幸せになれるのならばいいよ」
アゼリアはユーリのことばに目を見開いた。本当に彼はすごい。
「凄いです。いかにも身を引く的なことを言っているのに、私への好感度はゼロです!」
「それは……ついうっかりくせで取り繕ってしまっただけだよ」
といってユーリが少し傷ついたように苦笑する。だが、パラメーターはゼロ。
「婚約はこのままで。私はあなたと結婚します」
ユーリのパラメーターを見たアゼリアの決心は揺るがない。
それにローガンに対する愛は本当に死んでしまった。彼を見ても辛くなるだけで、心が浮き立ったりしない。
婚約が決まる前から五年間ローガンを慕ってきたが、裏切られ続けて心はぼろぼろだ。
「それはどうして? 君はまだ兄上を愛しているのだろう?」
「うちの魔導士が言っていました。パラメーターが100を振り切ると私は監禁されて殺されるそうです」
「は? なにそれ、愛され過ぎてもダメなの?」
「そういう事です」
「意外に愛ってむずかしいんだね」
ユーリの言葉にアゼリアは力強く頷いた。
「ええ、だから愛の欠片もない、あなたがいいんです。
うちの専属魔導士が言っていたのですが、あなたのような人をサイコパスと言うのだそうです。
感情の起伏がなく、向いている職業は暗殺者に医者、国のトップなどだそうです」
「全く関連性がないように思えるけれど。それにサイコパスって何? 君いま僕の悪口言っているよね?」
ユーリが気を悪くしたように言う。
「いいえ、違います」
アゼリアは彼のパラメーターを見ながら、慎重に答える。
「ひどい言われようだな。僕の好感度は君だけにゼロかもしれないじゃないか」
ユーリが眉間を寄せる。
「そうですね。それでも私はゼロのあなたがいいです」
「裏を返せば、君に感情をゆさぶられる兄上は、実は君を愛しているんじゃないかな?」
「それはローガン殿下との婚約を勧めているのですか?」
アゼリアはキッとなってユーリを見上げる。
「そういう訳ではないけれど、ここのところ早く君との婚約を破棄しろと兄上にせっつかれているんだ」
彼の言葉にため息をつく。どうやらユーリは逃げ腰になっているようだ。
「それは単にユーリ殿下に対する嫌がらせだと思います。なんでも私のせいにせず、ご自分で対処なさってください。
それに、仮にローガン殿下に愛されていたとしても人の愛を踏みにじる人は無理です。それならば私は愛のない結婚を望みます」
アゼリアの言葉にユーリがしばらく考えるそぶりを見せた。
「アゼリア、話は変わるけれど、そのコーリング家の専属魔導士に会わせてくれない?」
「構いませんが、なぜですか?」
アゼリアは不思議だった。なぜなら、ユーリは今まであまりアゼリアに興味を持ってこなかったからだ。
よって一緒にいるのは学園内だけで、アゼリアの家に来たのは婚約を交わしたときだけだ。
愛とか恋とか絡むよりもこの方がさっぱりしていてずっといい。
アゼリアは、そう思っていた。
「いろいろと聞きたいことがあってね。それとその魔導士に魔道具を作ってもらったらどうかな。そのパラメーターが視えなくなるやつ。そうすれば、君の心も安らかになって考えも変わると思うよ」
とユーリが提案する。
「それは試しましたが、無理でした。パラメーターも見えませんが、他のものも見づらくなるので、日常生活に支障をきたします」
それを聞いてユーリが「駄目か」とため息を吐く。
「そういえば、ユーリ殿下は魔道具には造詣が深いのですよね」
彼はおそらく優秀なのではないかとゼリアは思っている。
「駄目だよ。僕には愛がないから、君の為に何かするなんてとてもじゃないけれど出来ないよ。今ある研究で手いっぱいだ」
そう言ってユーリが肩をすくめる。
彼がそう言うことは予想していたのでアゼリアはくすりと笑う。パラメーターは安定のゼロをさしていた。
「ユーリ殿下は後ろ盾がないのですよね。それでは魔道具を研究したくとも資金がたりないでしょう。ユーリ殿下が協力してくださるならば……」
とアゼリアは彼のパラメーターを見ながら言う。
「君に一つ提案がある。僕の研究をする傍らで、君のための魔道具を開発しよう」
「あくまでも私のためのものは、片手間なのですね」
手のひらを返したユーリは、悪びれることなく笑う。
「それで侯爵家専属の魔導士にはいつ会わせてくれるの?」
「では近いうちに。魔導士はマハという女性で、うちの敷地内の別棟に住んでいます。帰ったら予定を聞いていおきますね」
最後まで、ユーリのパラメーターはゼロのまま動かなかった。
♢♢ユーリ♢♢
アゼリアと婚約して半年、ユーリはローガンにつきまとわれていた。
「なあ、ユーリ、アゼリアと別れないか? 俺はマリエルと結婚するんだったら、美人のアゼリアの方がいいんだ。最近性格も丸くなってきたようだし」
と笑いながら言うが、目はギラギラと光っている。
「僕に言っても無理だと思います」
「なんでだよ。お前が、婚約破棄してくれればいいだろう?」
何でも思い通りになってきたので、ローガンは我を通そうとする。
「まさか、侯爵家を敵に回すおつもりですか? 次やったら許してはくれないですよ」
「いやだって、敵に回すのはお前であって俺ではない。お前が捨てた女を俺が拾うんだから」
ローガンらしい理屈だ。次期国王がこれで大丈夫なのかと心配になる。王妃がしっかりしていれば問題ないのだろうか?
「お断りします。アゼリアに直接頼んでみたらどうですか?」
「いや、それがおかしいんだ。贈り物をしても突き返されるし、非公式のお茶会に誘っても断られる」
「兄上は僕の婚約者に何をしているんですか?」
ユーリが呆れたように言う。
結局ローガンはアゼリアを愛していたのかもしれない。かなり身勝手で、ゆがんだ形ではあったが……。
♢
ユーリは最近特にしつこくなったローガンを警戒し、とりあえずアゼリアと情報を共有しようと思った。
人目のある学園ではなく、アゼリアの家に向う。彼女にもコーリング侯爵家専属魔導士にも確認したいことがある。
「まあ、約束の期日までに待てなくて魔導士に会いに来てしまったのですか?」
先触れとほぼ同時に来たユーリに驚いていたアゼリアだが、何だかんだと言いながらも魔導士の住んでいる別棟に連れて行ってくれる。
「アゼリア、兄上は君にかなり執着しているようだが、しつこくされているのか?」
「執着? 送られてきたプレゼントや手紙、招待状は送り返しているのでご安心ください。
私の事より、ユーリ殿下の方がたいへんだと思うのですが」
とアゼリアが言う。
「僕の方が大変?」
「ええ、私にではなく、あなたに執着しているのかもしれませんよ。
子供の頃、ローガン殿下にお気に入りのものを取られたことはありませんか?」
「言われてみてれば多々あるね。あれには閉口した」
ローガンはなんでもユーリのものを取り上げた。ものでも人でも。そしてそれらを大切にしない。
「やはりそうですか。
いずれにしても私の中でローガン殿下への愛は死んでしまいましたから。二度と復活することはありません」
話しているうちに別棟に着いた。
アゼリアが魔導士マハの部屋をノックする。
「そうそう、マハは少し変わっていますので、お気をつけてください。マハ、ユーリ殿下をおつれしましたよ」
アゼリアの言う事は控えめで、マハは少し変わっているどころか、規格外でだいぶ奇天烈な人物だった。
「推しの攻略対象だわ! やっぱ実物は綺麗!」
などと口走ってユーリの元へ突進してくる。
「君、何を言っているの?」
助けを求めるようにアゼリアに視線を向けるが、アゼリアは
「では後はお二人でごゆっくり」
といって部屋から出て行ってしまった。
ちょっとおかしなコーリング家専属魔導士とユーリは部屋に取り残された。
♢♢♢アゼリア♢♢♢
マハがユーリに夢中になっているのでアゼリアは部屋を出た。
彼女はずっとユーリに会いたがっていたのだ。邪魔をしてはいけない。
今回の婚約破棄騒動も、新しい婚約者はぜひユーリにしてくれとマハに泣いて頼まれた。
別にマハのいう事をきいたわけではないが、アゼリアは結局ユーリを選んだ。
マハはアゼリアの幼馴染で唯一の心許せる友人だ。ローガンとは早く別れろと散々諭された。
いろいろな条件を考えた末、ユーリに婚約を申し込んだ。今ではアドバイスをくれたマハに感謝している。
本邸のサロンで茶を飲んでいると兄がやって来た。
「ユーリ殿下のお相手はいいのかい?」
別棟にマハと放置しているので、心配そうに聞いて来る。
「大丈夫です、今マハと話が盛り上がっているようですから」
「アゼリア変わったね。ちょっと変だけれどマハは一応女性だよ。気にならないのか?」
と兄が心配そうに言う。
ちなみに兄の好感度は60。マハによると普通の家族はそれぐらいの数値だと言う。むしろ貴族令嬢にしては家族に愛されているらしい。
家族から愛されているせいか父もユーリとの婚約をすぐに承諾してくれた。
ローガンの一件でコーリング家の第一王子への好感度は地に落ちているのだ。特にパーティでアゼリアのエスコートすらしなかったローガンは家族に嫌われている。
しばらくするとアゼリアのいるサロンに疲れ切ったユーリが入ってきた。
「ひどいなアゼリア、あれと二人にするなんて。彼女はかなり強烈だね。優秀なようだけれど」
とユーリが不平をこぼす。
「ええ、それで聞きたかった話は聞けましたか?」
アゼリアが微笑み、ユーリのために茶を入れる。ついでにパラメーターを確かめるとやはりゼロだ。
「ああ、驚くべき話がきけたよ。
何でもここは、マハが前世でやっていた乙女ゲーム『スクパラ』の世界で、君は悪役令嬢というものらしいね。
そして僕は氷の王子と言う恥ずかしい二つ名で呼ばれているらしい」
ユーリは柳眉をしかめるが、パラメーターはゼロ。
「ええ、残念ながら現実でもユーリ殿下はそう呼ばれています。
まあ、私も自分の生きる世界が、ゲームの世界などという話は信じたくありませんでした。パラメーターを見なければ、全否定していたでしょう」
「ヒロインはリリア嬢。彼女が第一王子ルートに入れば君はバッドエンドで下手すれば死ぬ。
それで、僕の元にやって来たという事なんだね?」
マハの話を聞いたときはショックだったが、妙に腑に落ちた。
リリアが現れてからは、更にローガンには嫌われるようになった。
「はい、そうなんです。それに何よりユーリ殿下が揺るがないパラメーターの持ち主だったので」
「しかし、いまの君の状況はマハがいた世界では、悪役令嬢のメリバエンドというらしいけれど?」
とユーリが言う。
「違います。わたしにとってもあなたにとってもウィンウィンの関係です」
アゼリアの言葉にユーリが苦笑する。
「それで、そんな君にあまり良くない知らせがあるんだ」
「何でしょう?」
彼の言葉にアゼリアは身構えた。
パラメーターはゼロだが、彼はローガンが面倒になってアゼリアの元を去るつもりなのかもしれない。
「リリアから頻繁に誘われている。兄上にバレて勘繰られたら面倒だ。全く憂鬱だよ。君もそのうち兄上に何か言われるかも知れない」
アゼリアが眉を顰める。
「その話、マハにしましたか?」
「いいや、していないよ」
「分かりました。リリアに心が動くことがあればすぐにお知らせくださいませ」
悔しいが、これは覚悟しておいた方がよさそうだ。
「リリアに心が動く? なぜ? 君は『僕は浮気の心配がなくていい』と言っていたじゃないか?」
ユーリが不思議そうにアゼリアを見る。
「リリアはヒロインなので例外です。ヒロインに心が動かない攻略対象者はいないと思います」
ユーリが驚きに目を見開く。しかし、パラメーターはゼロ。
「僕が彼女を好きになるというのか? 信じられないな」
「ユーリ殿下が攻略されれば、私は……世をはかなんで修道院に行くことになります。つまりマハ的には、悪役令嬢のバッドエンドですが、私的にはOKです」
そうは言っても、せっかくユーリという安住の地を見つけたと思ったのに彼が攻略されてしまったら、がっかりだ。
死にたくないから婚約者になってもらった相手だったが、ユーリはローガンより穏やかで頭もよく顔もいいし話も合う。
そしてパラメーターはこちらの言動に左右されず、常にゼロからぴたりと動かない。
理性的で合理的な彼は浮気などしないだろう。
そんな楽な相手は他にいないのに残念だ。
――マハは、常に無感動なユーリはヒロインのリリアに惹かれて、初めて心を動かすと言っていた。
「僕にとってはハッピーエンドではないよ。伯爵家は後ろ盾としては侯爵家より全然弱い。それにあそこは伯爵家の中にあっても家格は低いし。それでは困る」
ユーリは顎に手をあて柳眉をひそめた。表情だけならば、嫌そうに見える。
「とおっしゃられても、ユーリ殿下次第なので。
前に言った通り私の心は死にました。しかし、肉体的に死ぬつもりはありません。それに浮気をする殿方は、邪魔になった私を消そうとするので怖いです」
とアゼリアは自分の思いをきっぱりと告げた。
「怖い」というのは本当だ。ローガンはリリアと一緒にいたいがために、アゼリアを陥れるような嘘を吐いた。それが恐ろしい。
「結局、リリアは兄上の愛を手に入れ、次に僕。一体何がしたいんだろう?」
ユーリが不思議そうに首を傾げる。
「さあ? 乗り換えか、逆ハーエンドでしょう」
「逆ハー? さっぱり、わからないよ」
そんなユーリにアゼリアは逆ハーエンドを説明した。
「逆ハーって何人にもの男に好かれること? ばかじゃないの? だいたいこの国は一夫一婦制だよ。国王ですら、妻は一人しか持てない。いったい何の得がある?」
アゼリアも首を傾げる。
「マハが言うには、逆ハーエンドもハッピーエンドの一つだそうです。どのような形におさまるのか、見てみたい気もしますが。
とりあえずあなたがリリアと関係を持つことがなければ、このまま婚約続行ということで。
しかし、関係を持つのならば、私は修道院へ行きます。浮気云々というよりもあなたが感情をもったら怖いのです。
好感度が動きますから。
ユーリ殿下の不動のパラメーターがマイナスに動くところを見たくありません」
アゼリアは感情が安定しているユーリが気に入っている。その彼が感情を持ち、パラメーターがマイナスになるとなどさすがに耐えられない。
しかし、それを聞いたユーリが目を細め薄く笑う。
「大丈夫。なぜか、リリアはそれほど好きではない」
「好きではない? 嫌いってことではないですよね? 私と同じように無関心ということですか?」
ユーリがため息を吐く。
「あのさ、僕たちは生きているよね? ここがゲームの世界とは思えないよ。
君がパラメーターが視えるというのを否定はしないが、ここは現実だよ」
それはもちろん、ユーリの言う通りだと思う。
だが、その現実が、マハの言うゲームのストーリーと同じ展開をみせる。
「はい、私も現実だと認識しています。しかし、視えているものを否定することはできません。ユーリ殿下のパラメーターゼロがマイナスに振れるのを見たら、きっとたえられません。ずっとゼロだからこそ安心してお付き合いできるのです」
ユーリは紅茶を一口飲み、再び口を開いた。
「君はリリアがヒロインだと言ったね。それならば、君が見たパラメーターはヒロインに対するものだったとは思わなかったの?」
「え? それはどういう? ヒロインが主役だからということですか?
いえ、私に対するパラメーターのはずです。私の言動で動きますから」
確かにユーリの言う通りだ。なぜそれを今まで疑わなかったのだろう。これはヒロインの為のゲームなのだから。
「マハが言うには『スクパラ』のなかにはメインゲームの他に悪役令嬢が主役のミニゲームがあったそうだ」
「そんなこと初めて聞きました。マハは今までそんな事一言も……」
悪役令嬢が主役だとしたら、ヒロインは誰……悪役令嬢?
なぜ、マハは言ってくれなかったのだろう? アゼリアはユーリといて、初めて不安を感じた。
それと同時にマハへの信頼がゆらぐ。
あとでマハに確認しよう。ここが、そのミニゲームなのかと。
「それから、ひとつ気になっていたんだけれど、君に視えているパラメータは、本当に好感度なの?」
そう言ってユーリが身を乗り出す。
「え?」
「もしかして人によってパラメーターの色が違ったりしない? もしくは僕だけ色が違うとか?」
ユーリのいう事に心当たりがあった。
「そう言われてみれば、ユーリ殿下のものだけ色が違います。他の方は赤なのに、ユーリ殿下は青です」
「やはり思った通りだ。マハによると赤は好感度、青はバグだそうだ」
「バグ?」
「そのゲームでは設定されていないパラメーターが、青色で空の状態で表示される。早い話が誤って表示されている意味をなさないパラメーターだ」
「え?」
「ちょっとマハを締め上げ……じゃなくて、詳しく聞いたら、思い出したといっていたよ」
「そんな……」
アゼリアは驚きに大きく目を見開いた。
「つまり君が今まで見ていた僕のパラメーターはもともと空でこれから先も動くことはない。
それと、これは自己申告だけれど、僕は痛みも悲しみも喜びもきちんと感じる。よって感情はあると思うんだ。
で、君が信じ縋っていた好感度ゼロは根底から覆されてしまったわけだけれど、これからどうしたい?」
微笑むユーリにアゼリアは呆然となった。
彼のパラメーターは視ることは出来ない。
ソレデモ コンヤクヲ ゾッコウシマスカ?
the end