その溺愛は後出し不可です!!
昴の行方を追うように一階をあちこち見て回っていると、二階の書斎から途切れ途切れ話し声が聞こえてくる。
ゆっくりと階段を上り、書斎の扉を少しだけ開けて中の様子を窺う。
ヘッドセットをつけた昴はモニター越しに英語で何事かを話していた。どうやら海外から至急の問い合わせがきたようだ。
ビジネス英語は得意とは言えないが果歩にも昴が何を話しているか少しだけ聞き取れた。
『我が社の技術を持ってすればできないことはありません。保証します』
唇の端を上げ、自信たっぷりに言ってのける横顔を誇らしく思う。
一見すると成功者のようだが、あれで昴は大変な苦労人だ。
今でこそ右肩上がりに業績を伸ばしているが、果歩が加わった当初は苦難の連続だった。
長引く開発にスポンサーから出資が打ち切られ、一人で銀行を駆け回り頭を下げたり。
WOnderの導入を渋る顧客に向けてプレゼン資料を徹夜で直したり。
いくつもの長い夜と眠れぬ日々があってこそ今の成功に繋がっていることを果歩は知っていた。
商談の邪魔をしないうちに一階に戻ろうとしたが、目端の効く昴に先に気づかれてしまった。
おいでという手招きに従い書斎に入ると、商談を終えた昴はヘッドセットを外し、モニターの電源を切った。
「もうシャワーから出てきたのか?」
「お邪魔してすみませんでした……」
「問題ない。急ぎの用件でもなかったしな」
書斎は会社にある昴のデスクとは異なる様相を呈していた。
昴のデスクはいつも整理整頓されており、誰が見ても綺麗だが、書斎はやや乱雑であちこちにメモが散乱していた。
会社では経営者に専念しているが、昴の本分はエンジニアだ。
書斎は昴にとっての開発基地と言えるのかもしれない。