その溺愛は後出し不可です!!
「じゃあ……ジャンケンでもするか?」
昴は初めて会話をしたあの日のように小さく笑った。
「俺が勝ったら仕事を置いてさっさと帰ること。梅木が勝ったらこの資料を俺に渡して帰ること」
昴が左手で持ち上げたのは果歩が明日纏める予定だった取引先にまつわる参考資料のカタログだった。
意図に気がついた果歩は年甲斐もなく顔を膨らませた。
「どっちにしろ帰らせるつもりでしょう?」
二人きりになるとタメ口が出てきてしまうのは昔のよしみだ。
社長と秘書という立場になった今、本来は許されないのだろうがいつも見逃してもらっている。
「ほらいいから。せーの」
昴の掛け声と共に果歩は勢いよく右手を出した。
「はい。じゃあ、今からこのカタログは俺のものだな」
ジャンケンの結果を受け、昴は参考資料を片手に悠々と自分のデスクに戻って行った。
おそらく勝っても負けても仕事を肩代わりするつもりだったに違いない。
本当にずるいんだから、もう……。
ジャンケンを持ち出したのは、有無を言わさず帰らせるためだ。本当にずるい。
社長という人種は個性の強い変わり者が多いと聞くが、昴も例外ではない。
二人の間で揉めごとが起こったらジャンケンで決める。
学生時代の暗黙のルールは、社長と秘書という立場になった今でも有効だ。
昴のルールに素直に従う謂れはないが、仕事を取り上げられてしまってはこれ以上文句も言えない。
果歩は後ろ髪引かれる思いで帰宅の途に着いた。