その溺愛は後出し不可です!!
「うわ……。酷い顔色……」
1LDK、築二十年のアパートに帰宅した果歩は鏡を見るなり絶句した。
目の下にはコンシーラーで隠したつもりの隈がくっきりと浮き出ていた。
果歩は小さくため息をついた。これでは昴が心配するわけだ。
今をときめくスタートアップ企業の秘書は多忙を極める。油断するとオーバーワークになりがちだ。
大企業ならいざ知らず、成長途上のREALNavigatorでは果歩の代わりは直ぐには見つからない。
ともすれば無茶をしがちな果歩を気遣ってくれる昴には感謝しかない。
もう八年も経つのか……。
果歩が昴の会社で働くようになったのは、偶然が何度も重なった結果に過ぎない。
たまたま同じ大学に通い、たまたま同じ定食を取り合った。ただそれだけ……。
定食を譲ってもらった後から知ったことだが、昴は大学では知る人ぞ知る有名人だった。
若干二十歳で起業した天才エンジニア。
昴が基礎理論を提唱した斬新なAI技術は各所で話題を呼んだ。
昴が社長を務めるREALNavigatorは数々のコンペを勝ち抜き、名だたる企業がスポンサーに名乗りをあげた。
とある経済誌が主催する『世界に誇る若手起業家百人』にも選ばれた才気溢れる美しい若者を、メディアはこぞってカリスマ起業家として取り上げた。
そんな昴のことを果歩は別世界の住人だと思っていた。
だから、例のジャンケン以来学内で声を掛けられるようになり始めは戸惑いの方が大きかった。