その溺愛は後出し不可です!!
その日の夕方。
指定された時間に遅れないようにそそくさと帰り支度を始めた果歩を、昴は身動き一つせずに目で追っていた。
「もう行くのか?」
「はい。先方より遅れて行くわけには参りませんから」
風間とは一階のエントランスで待ち合わせをしている。接待に使う懐石料理屋はタクシーで二十分の距離だが、渋滞に巻き込まれないように早めに出掛けることになっていた。
「……くれぐれも気をつけろよ」
あまりに真顔で言うものだから、果歩は吹き出してしまいそうになった。
過保護すぎないか?と、いつもからかってくる風間に同意したくもなる。
「心配して頂かなくても大丈夫です。ちゃんと先方にはうちの会社の技術を売り込んできますから」
「そういうことじゃない……。酔っ払った男に絡まれたりするなよってこと」
「……まだその話持ち出します?」
果歩は苦笑いした。
それは、果歩が昴の元で働き始めて間もなくのことだった。
当時はまだREALNavigatorが住宅街の賃貸アパートにあった頃の話である。
夜、コンビニにひとりで買い出しに出かけたところ、入口にたむろしている男性達に声をかけられたことがあった。
足を踏んだ、踏んでないの押し問答の末に、危うく連れ去られそうになった。
心配した昴が後から追いかけてきたお陰でことなきを得たが、それから昴はことあるごとに酔った男性に近づくなと注意をするようになった。
「何かあったらすぐに呼べよ」
呼んだらすぐに来られるわけでもないのに、昴なら本当にヒーローのように駆けつけてくれそうで心強い。
「わかりました。それでは行ってきますね」
どれほど時間が経とうとも大事な妹分のように扱われるのは嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。