その溺愛は後出し不可です!!
風間が接待でよく使う懐石料理屋は座敷から見える庭園の雰囲気が趣深くて果歩も好きな店の一つだ。
しかし、今日ばかりは鹿威しと苔むす庭をゆっくり眺める余裕はなかった。
コース料理も終盤に差し掛かり、次から次へと頼まれる酒の注文に果歩はてんやわんやしていた。
障子で区切られた向こう側からは、あははと愉快な笑い声が聞こえてくる。
相当盛り上がってるな……。
風間は人の心にスッと入っていくのが得意で、気難しい顧客も知らず知らずの内に心を開いてしまう。
そして、最後には上機嫌で気持ちよく契約の判子を押してしまう……。ここまでが大体のお約束の流れである。
酔いが進み身体の火照りを冷ますようにふうっと吐息を零したその時、ポケットにしまっていたスマホが震えた。
「もしもし」
『梅木、風間はまだ接待中か?』
着信相手は昴だった。
ただごとではない渋い声に、不安が胸に広がっていく。
『ジローから緊急呼出だ。WOnderが停止しているらしい。俺も今すぐ会社に向かう』
緊急呼出という単語に果歩は戦慄した。
WOnderは果歩にとっても我が子のような存在だ。
この八年、苦楽を共にしてきた。
経営に専念するためエンジニアとしての第一線を退いた昴を呼び出さねばならないなんてよほどの緊急事態だろう。果歩とて黙っているわけにもいかない。
「私も行きます!!」
果歩は風間を廊下に呼び出し、事情を説明した。風間も果歩の思いに理解を示してくれた。
「事態はわかった。俺は接待があるから残るけど、梅木さんだけでも会社に向かってくれ。WOnderのこと、よろしく頼むよ」
果歩は力強く頷き一人タクシーに乗り込み、すぐさま会社へと舞い戻った。