むふむふ
潔の家は瓦屋根に白い壁の大きな一軒家だ。「潔ちゃんの家、お城みたいだよね!」と同級生に言われていい気になっていたこともある潔だが、今となってはなんと見栄っ張りな家だろうかと恥ずかしく思う。祖父、正の性格が見事に現れた佇まいだ。
「おねえちゃん、お帰り!」
潔の帰宅に気づいた周は驚いた。姉が見慣れない毛玉を抱えているからだ。見慣れないし、しかも、生きている。
「この子は? 捨て……犬? 猫?」
黒い毛玉の正体が分からず困惑する周に潔は「いや、無風君だ」と答えて弟をますます困惑させた。
玄関に立ったまま、潔は周に頼んで母を呼んでもらう。
母ーー優子(ゆうこ)は、娘の姿を見ると「あらま」と一言。「どこから拾って来たの」
元いた場所に戻して来なさい! ……なんて展開になることを潔は恐れたが、優子は意外にも「かわいいわね。この子何食べるのかしら。ねこまんま?」と平然と受け入れる。
そういえば連れてくるだけ連れてきてどう世話をすればいいかを全く考えていなかった。阿部丘書店で参考になりそうな本を探してみればよかったかも知れない。
「実は」と、潔は靴を脱ぎながら打ち明ける。「彼は文文堂のお孫さんで、じいさま同士が決めた私の許婚……ということになっているらしい」
「えっ」
優子は大声を出した。当たり前だ。自分の娘に許婚がいるなどと突然言われたら。
「じゃあこの子が無風君!?」
まあまあまあどうしたのこんなにかわいい姿になっちゃってと優子は潔から無風を受け取った。ふわふわの体が硬直する。緊張しているようだ。
「……なぜそんなに理解が早いんだ」
潔が呆れながら訊ねると、
「まあおじいちゃんがらみの事なら、これまでもいろいろありましたからねぇ」
と、さらりと恐ろしいことを言われる。優子がこの家の嫁として体験してきたいろいろ、とは何なのか。あまり詳しく聞く気にはなれない。