円満夫婦ではなかったので
プロローグ
開け放たれた窓からうだるような熱気が入り込む。何かに急き立てられるような蝉の声が静かな部屋に響き渡った。
令和五年八月下旬。
フローリングの床に座り込み、険しい顔でブラックレザーのノートを捲っていた冨貴川園香(ときかわそのか)は、ある頁を巡ると「あっ」と高い声をあげた。
こみ上げる興奮が抑えられない。しかしそれは仕方のないことだった。
「ようやく見つけた」
園香の夫、冨貴川瑞記(ときかわみずき)と仕事上のパートナーである名木沢希咲(なぎさわきさき)。以前から疑わしかったふたりが、不倫関係だというはっきりした証拠を。
何度も夫を問い詰め、その度に誤魔化されて来た。
なかなか証拠を見つけることが出来ずに、焦燥感にかられる日々を送っていたのだけれど。
「これで終わりに出来るんだ……」
さまざまな感情が溢れ出し声が震えた。
今となっては悲しいのか悔しいのか、嬉しいのかすらわからない。
ただ猜疑心に苦しむ日々からようやく開放される。それだけは確かだった。