円満夫婦ではなかったので

「おい、なんで急に黙りこむんだよ」

瑞記の不機嫌そうな声がして、園香ははっと顔を上げた。

「な、なんでもない」

「は? なんだよそれ。まあいいや、来週実家に行くから。準備しておけよ」

「実家に?」

「ああ。母さんが必ず園香も連れてくるようにって言ってるからな」

瑞記は一方的にそう言うと、キッチンを出て自室に向かう。バタンと乱暴な音を立てリビングの扉が閉じた。

園香の記憶がないと知っているのに、説明をする気はないようだ。

園香は立ち尽くしたままじっと閉じた扉を見つめた。

(瑞記と名木沢希咲は不倫関係かもしれない)

瑞記の言い分を信じていた訳ではない。

でも希咲が既婚者で、しかも過去に不倫トラブルを起こしているということで、さすがにふたりが不倫関係になることはないだろうと考えていた。

けれどそれは園香の判断基準で出した結論だ。

瑞記と希咲が同じ思考とは限らない。

園香が有り得ないと思うことを平然と行うかもしれないのだ。

今すぐ瑞記を追い問い詰めたい欲求が込み上げる。しかしぐっと堪えた。

(冷静にならなくちゃ……証拠を探そう)

ふたりが本当にただの同僚なのか。それとも不倫関係なのかを。

もし真実なら、瑞記は離婚を拒否できなくなる。

園香は決意を固めて、瑞記が去った扉の先を睨んだ。
< 102 / 170 >

この作品をシェア

pagetop