円満夫婦ではなかったので
「おい、なんで急に黙りこむんだよ」
瑞記の不機嫌そうな声がして、園香ははっと顔を上げた。
「な、なんでもない」
「は? なんだよそれ。まあいいや、来週実家に行くから。準備しておけよ」
「実家に?」
「ああ。母さんが必ず園香も連れてくるようにって言ってるからな」
瑞記は一方的にそう言うと、キッチンを出て自室に向かう。バタンと乱暴な音を立てリビングの扉が閉じた。
園香の記憶がないと知っているのに、説明をする気はないようだ。
園香は立ち尽くしたままじっと閉じた扉を見つめた。
(瑞記と名木沢希咲は不倫関係かもしれない)
瑞記の言い分を信じていた訳ではない。
でも希咲が既婚者で、しかも過去に不倫トラブルを起こしているということで、さすがにふたりが不倫関係になることはないだろうと考えていた。
けれどそれは園香の判断基準で出した結論だ。
瑞記と希咲が同じ思考とは限らない。
園香が有り得ないと思うことを平然と行うかもしれないのだ。
今すぐ瑞記を追い問い詰めたい欲求が込み上げる。しかしぐっと堪えた。
(冷静にならなくちゃ……証拠を探そう)
ふたりが本当にただの同僚なのか。それとも不倫関係なのかを。
もし真実なら、瑞記は離婚を拒否できなくなる。
園香は決意を固めて、瑞記が去った扉の先を睨んだ。