円満夫婦ではなかったので
(でも多分これだけじゃ駄目だよね)
宿泊の領収書を見つけたものの、離婚裁判になったときに使えるような、客観的に見て判断出来る決定的な証拠が見当たらないのだ。
園香は深いため息を吐いた。
人の部屋に無断に入りこそこそ探し物をする行為は神経をすり減らす。自覚しているよりも緊張し肩に力が入っていたようで、ぐったりした気分だった。
ソファに座り少し休んでから、スマホで今夜の義両親との会食の場である木蓮について検索をはじめた。
瑞記が言った通り有名な店のようですぐに見つかった。所謂高級料亭のようだ。
それなりの恰好をして行った方がいいだろう。
どこかで手土産を買わなくてはならながい、適当に選んだ裸瑞記がうるさく言いそうだ。彼が満足しそうな高級贈答品を百貨店で買わなくては。
面倒だと感じるが、一方で瑞記の家族に興味がある。
彼が園香以外の家族に対してどんな態度をとるのか。
会食中に油断をした瑞記が、ついうっかり普段園香に隠している何かを暴露したら更にいいのだけれど。
(……まあ、その可能性は低いかな)
瑞記だってかなり警戒しているだろうから。そもそも理性を失くすまで飲んだりしなそうだ。
園香が木蓮に着いたのは午後七時五分前。
わざとぎりぎりになるように調整した。
と言うのも移動中に瑞記からメッセージが入り、その内容が思わず眉をひそめてしまうものだったからだ。
【言い忘れていたけど、両親が心配しないように、園香の記憶喪失は重大なものじゃないと話してある。少し物忘れがある程度の認識でいるからそのつもりで】
あまりに勝手な話である。
(だから義家族の人たちお見舞いに来ないどころか、様子を窺う連絡すらなかったんだ)
それにしても、一年丸ごと記憶がない妻の状態を“重大じゃない”と言ってしまえる瑞紀の感性が理解不能だ。
だいだいなぜ隠す必要があるのだろうか。
訳が分からないが、園香ひとりで義両親に対峙するのは無理だろうと判断し、ぎりぎりに到着することで瑞記が先に店に到着している状況をつくろうとした。
(瑞紀はもう中に入ったよね……)
今の園香にとっては初対面の義家族。もし普通の夫婦だったら、心細く夫に頼りたくなる状況だが、瑞紀に借りをつくるのはごめんだ。
園香はひとり緊張しながら店に入った。