円満夫婦ではなかったので
反撃
「お帰りなさい」
瑞記が帰宅したのは、園香が日記を発見してから三日後のことだった。
リビングで出迎えた園香を、瑞記は面倒そうな表情で見る。
「ただいま」
直前まで希咲と一緒に居たのだろうか。彼女の移り香が瑞記の体から漂って来る。
園香は苦笑いをした。
(匂いを消すことすらしないのは、私を甘く見ているから)
ばれてもなんとかなると思っている。
彼にとって園香は警戒する相手ではなく、面倒な相手なのだろう。
(でもそれももう終わりだけどね)
「話があるんだけど」
「はあ……またか」
瑞記はうんざりしている気持ちを隠しもせいずに、肩を落とす。
「会うのは十日ぶりなのに“また”?」
「嫌な言い方だな。喧嘩売ってるのか?」
瑞記の目じりが上がる。威嚇しているつもりなのだろう。
はい、その通りですと言いたい気持ちを抑えて、園香はダイニングテーブルの椅子を引く。
「座って。大切な話だから」
「はあっ、なんなんだよ」
ふてくされた瑞記が乱暴に椅子に座る。まるで反抗期の子供のようだ。
呆れていると瑞記がぎろりと睨んで来た。
「話があるなら早くしろよ!」
「そんなに急かさなくても……まあいいや。私、記憶が戻ったから」
もったいぶらずにさらりと告げる。瑞記の口が小さく開いた。
「え?」
瑞記はそれまでの激高が嘘のように、ただ驚愕の表情で園香を見つめる。
信じられないと言うよりも、信じたくない状況と言ったところだろうか。
間抜けな顔だ。園香は噴き出しそうになる衝動に耐えもう一度言う。
「一昨日、突然記憶が蘇ったの」
「う、嘘だ……」
「本当だけど。妻の記憶が戻ったのに喜んでくれないの?」
「い、いや、そうじゃないけど……でもどうして今更記憶が……」
瑞記はかなり動揺している。園香の想像以上の慌てようだ。
「なんだか記憶が戻ると都合が悪いような態度だね」
「は? まさかっ! そんなはずないだろう」
大袈裟に否定する瑞記。彼は治って良かったと言ったり、お祝いするか? など落ち着きなく口を動かす。けれど。
「まあそうだよね。思い出して欲しくないことがたくさんだものね。例えば名希沢さんとの不倫についてとか」
続いた園香の言葉に、顔色を失くし目を見開いた。
血の気が引く様子を目の当たりにし、園香の口元が歪む。