円満夫婦ではなかったので

「離婚はしない! だから慰謝料も当然払わない!」

決めつけるように言うと、瑞記は園香がから目を逸らす。

「まさかそれが通用すると思ってるの? 私は離婚について弁護士に依頼しているから、瑞記がどうしても離婚を拒否するなら調停になるけどいいの?」

「調停? そんな大袈裟なことをしなくてもいいだろ? 世の中には僕たちみたいな仮面夫婦なんていくらでもいる。今のままで問題ない」

信じられないように呟いた彼の顔色は悪い。一応は会社経営をしている身なので、ある程度の法律知識はあるのだろう。

「仮面夫婦でいる夫婦はそれなりの理由とメリットがあるんじゃないの? でも私たちにはそれがない。あと、離婚を拒否しても名木沢希咲には慰謝料請求するからね」

瑞記の弱点は希咲だ。妻としては情けない話だがそれは間違いない。

案の定瑞記は動揺して、ふらりと立ちあがる。

「希咲には何もするな」

「だったらすぐに離婚して。はっきり言ってもう瑞記の顔を見るのも苦痛なの」

これ以上一緒には暮せない。ストレスと共に憎悪が膨らみ続け、いずれはおかしくなってしまいそうだ。

(あの日記を書いていた頃のように病んでしまう……そんなの絶対に嫌)

「すぐに離婚が成立しなくても、私はこの家を出ると決めたから」

「じ、実家に帰るのか?」

「当面は。先のことは手続が終わってから考える」

どちらにしても瑞記に伝える必要はない。

結婚生活を続けられない負い目や、自分にも悪いところが有ったかもしれないと迷う気持ちなんてもう残っていない。

今はただ信じられない人たちから離れ距離を置きたい。その一心だ。

園香は離婚することを最重視している。慰謝料請求はその手段にすぎず、もし彼らが払い渋ったとしても、とにかく他人になりたい。

話し合いで円満離婚を目指していた頃とは、気持ちが違うのだ。

無理やり出て行くのも仕方がないと思ってる。


結局瑞記は最後まで納得しなかった。

ただ途中でいつものように癇癪を起して出て行ったりはしなかった。

彼は園香が家を出るのを、まるで子供のような頼りない顔で見送ったのだった。
< 126 / 170 >

この作品をシェア

pagetop