円満夫婦ではなかったので
夫婦の住いである横浜のマンションを出た園香は、実家に戻った。

瑞記との離婚にもう迷いはないが、両親に迷惑をかけてしまうのが気がかりだった。

けれど、園香が記憶を失くしていると言う特殊な事情に加えて、最近の瑞記の態度に疑問を持っていた両親は、予想よりもかなりあっさり離婚に賛成し、落ち浮くまで実家で過ごすことを受け入れてくれた。


横浜ショールームへの出勤は大変になったが、いつ瑞記が帰宅するか分からない家にいるよりも格段に気持ちが楽だ。

後は正式に離婚をするだけ。

先日の話し合いの録音を弁護士にも聞いて貰い、正式に依頼をしたので瑞記と直接やり取りしなくて済むようになった。

確実に前進している。

プライベートの問題にけりがつきそうなおかげか、仕事に身が入り順調な日々を送っていた。

「お先に失礼します」

勤務時間終了の午後四時。園香がオフィスを出るとちょうどエントランスから青砥がやって来た。

「あ、園香ちゃん今から帰るんだよね」

長年付き合っていた恋人と別れ一時は落ち込んでいた青砥だが、今は吹っ切れたようで元気を取り戻している。

「はい。何かありました?」

急な仕事でもあるのかと思ったが、彼女は首を横に振った。

「そうじゃないんだけど」

彼女は周囲に人がいないか確認するような素振りのあと、園香に近付き小声で囁く。

「さっきから入り口に男の人がいるの。誰か待っているみたいなんだけど、もしかしたら園香ちゃんの旦那さんじゃないかと思って」

「えっ、瑞記が?」

青砥にはざっくりだが事情を話している為、園香が離婚協議中で実家に帰っていると知っている。
だから誰かを待ち伏せしている様子の不審な男性を見てピンと来たのだろう。

「私は旦那さんの写真を見たことがないから違うかもしれないけど」

「……どんな人でした?」

「三十代の男性で身長がかなり高い方。百八十くらいあるかな。顔が整っていて紺のスーツがよく似合って目立ってたよ」

園香は深い溜息を吐いた。特徴はほぼ間違いなく瑞記だ。

(どうして職場まで)

青砥に礼を言ってから、急ぎ足でエントランスに向かう。

とにかく場所を移動したい。

しかし、青砥が言っていた場所に居たのは瑞記ではなかった。

「久し振り、園香さん」

声をかけて来たのは、希咲の夫、名木沢清隆だった。

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