円満夫婦ではなかったので

けれど、震えた声で必死に訴える彼女の声を聞いているうちに、気持ちが変わっていった。

彼女は、名木沢が想像できない程に悲しんでいると気付いたからだ。

夫を深く愛しているからこそ、酷く苦しんでいる。

明らかに限界で、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

その原因は自分の妻にある。

放っておけないと思った。

だから会って話がしたいと言われて、了承した。

それなのに、彼女は約束の時間になっても現れず、キャンセルの連絡も入らなかった。

面識のない名木沢に会うのに直前で怖気づいたのか、または行動をする勇気がなくなったのか。

なんにせよ、名木沢に会う必要がなくなったのならよいことだ。

釈然としない気持ちもあったが、名木沢は園香のことを忘れて日常に戻った。

その後、園香の事故を知るまでは。

(あれから約半年か……)

夫への想いを割り切るのに半年という時間は十分なのだろうか。

名木沢は園香のように誰かを愛したことがないから、分からない。

それでも彼女の割り切り方は、不自然な気がしている。

(記憶喪失になったことが影響しているのか?)

考えに沈んでいると、苛立ったような女の声がした。
< 149 / 170 >

この作品をシェア

pagetop