円満夫婦ではなかったので
「約束通り結婚し、可能な限り望みを叶えてきた。一切束縛もしなかった。それをいいことに散々好き勝手して来たな。どうせ今日も男と会って来たのだろう。不倫はこれで何度目だ?」
「……も、もしかして怒ってるの? 清隆はそういうの気にしない人だと思ってたんだけど」
「気にしない訳ないだろ? これまで何度、お前が好き勝手した後始末をして来たと思ってるんだ?」
希咲がトラブルを起こした相手に謝罪をして、慰謝料を支払ってきたのは名木沢だ。
好きでしていた訳じゃない。夫としての責任だと思ってのことだった。
それをいいことに希咲は増長して、やりたい放題だった。
名木沢はそれまで慰謝料で蹴りが着くならいいと思っていた。
しかし園香からの連絡を受けてから考えが変わっていった。
自分が耐えればいいと思っていたが、それは違う。希咲は多くの善良な人々を傷つけているのだと、
それまで目を背けていた事実を突き付けられた気がしたのだ。
もう希咲を庇うような真似はしない。彼女は自分で責任を取るべきだ。
そうでなければ、いつまでも同じことを繰り返す。
「清隆、ごめんね。そんなに気にしてると思わなかったから。不倫はもうやめるから機嫌を直して? 私は清隆と離婚したくなんかないんだよ?」
希咲は先ほどまでの強気が嘘のように、名木沢にすり寄ってくる。
演技に決まっているが、本当に申し訳なさそうに感じているような、弱々しさだ。
彼女と不倫をした男たちは、こういった庇護欲を掻き立てるような表情や、小悪魔のような色気に夢中になったのだろうか。
そんなことを考えながら、名木沢は嘲笑した。
(本当に嘘ばかりの女だ)
希咲が離婚を拒むのは、名木沢が神楽家グループ創業者の一族だからだ。
財産と人脈、そして経済界での地位。名木沢の妻であれば、おおくの面で優遇される。
しかし彼女が離婚を拒む一番の原因は他にあると考えている。