円満夫婦ではなかったので



名木沢が希咲と出会ったのは、もう二十年以上前。彼女はまだ十才にも満たない子供だった。

当時、政治家だった名木沢の父の、最も信頼している秘書が希咲の父親で、家族ぐるみの付き合いだった。

しかしあるとき名木沢の父に違法な献金の疑惑が囁かれ、そこからさまざまな問題に発展して大きな騒動になってしまった。

結局政治家生命は絶たれたが、その騒動の最中、希咲の両親が交通事故亡くなった。

車を運転中に心臓発作を起こしたことで起きた事故だが、体調が悪化した原因は過労とストレスにあると考えられた。

希咲の父は秘書として、批判だけでなく誹謗中傷の矢面に立っていたのだ。

名木沢の父親は責任を重く感じ、両親を亡くした希咲の後見を引き受けた。

希咲と同居まではしなかったが、父は彼女への援助を惜しまず、常に気にかけていた。

彼女の境遇は気の毒ではあるが、物質的な面では何不自由なく育ったはずだ。

更に父は自分が重い病気にかかると、名木沢と希咲の結婚を言い出した。

彼女が将来困らないようにしたかったのだろう。

しかし名木沢は希咲との結婚は気が進まなかった。

彼女に対して、気の毒だとは思いながらも、よい感情を持っていなかったからだ。

結局、遺言まで残した父の願いを無下にできず、希咲が契約結婚でもいいと言ったため応じたが、今になって後悔している。

この結婚は意味がないものだった。

希咲は、どんなに尽くしても、名木沢たちを許さない。

両親が亡くなったのは、全て名木沢家のせい。自分が被害者だという意識が抜けないのだろう。

だから何をしても許されると思っている。

彼女は相手の罪悪感を煽り、全て吸い尽くそうとしているかのようだ。

(同情心も罪悪感も、とっくに消えてしまったというのに)

名木沢の父は十分に償いをしたと思っている。そこでもう終わっていいのではないだろうか。

契約結婚をするときに、相手に重大な過失があった場合は、契約を終了すると条件をつけてある。

希咲は好き勝手やって来た。名木沢が結婚生活を続ける必要はない。

「近い内に離婚について話し合いたい。結婚期間に見合う財産分与はするし、当分の生活援助はするから、今後の身の振り方について考えておいてくれ」

「えっ? ちょっと待ってよ! 清隆、私はそんなの認めないからね!」

追いすがる希咲を振り切り、名木沢は自室に入り鍵をかけた。

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