円満夫婦ではなかったので
最後に会ったのは、彼の妻に不倫がばれて大騒ぎになり、ソラオカ家具店を出入り禁止になってときだった。
彼はオフィスビルのエントランスで佇み、時間を気にしている様子だった。
妻と待ち合わせでもしているのだろうか。
妻のせいで希咲は仕事をクビになったが、元不倫相手も処分を受けることになった。
(あのヒステリー女とやり直せるなんて、すごいよねえ)
元不倫相手には、もうなんの関心もないが、妻が今どうしているのかが気になる。
しばらく様子を窺っていると、待ち人が来たようだった。
妻ではない。
彼の前で立ち止まったのは、すらりと背が高く、きりりとした表情の男性だった。
カラーリングをしていないだろうブラックのショートヘア。
濃紺のスーツをすっきり着こなし、見るからに清潔感が溢れている。
元不倫相手よりも、遥かにいい男だ。
『でも、どこかで見たような……』
呟き、しばらく考えたものの答えが出ない。
そうしているうちに、元不倫相手たちがどこかへ行こうとする素振りを見せたため、希咲は足早に彼らの元に向った。
『中山君、久しぶり』
元不倫相手の背中に呼びかけると、彼はびくりと肩を震わせ、恐る恐ると振り向いた。
同時に、連れの男性も一緒に振り返り、不審そうに希咲を見つめた。
大抵の男は、初対面のとき希咲の容姿を見ると好意的な笑顔になるが、彼はむしろ警戒感を滲ませた。
『中山』
彼は元不倫相手に呼びかけた。
言外にこの女は誰だ? と言っているのだろう。
『……美倉空間の彼女だよ』
男性の顔が、一瞬にして険しくなった。
(なるほど。不倫のこと聞いてるんだ)
すぐに察した。だったら希咲に対する評価はますます下がったはず。
それでも希咲は何も気付いていないふりをして、男性に笑顔を向けた。
『はじめまして。名木沢希咲といいます。中山君とはプライベートでも親しくさせて貰っていたんですよ』
『親しくか……』
軽蔑したような呟きが返ってくる。
『あなたは、中山君のお友達ですか?』
『……』
無愛想で返事もしない男性の代わりに、元不倫相手が口を開いた。
『あっ、彼は俺の同僚で、白川彬人って言うんだ』
その瞬間、彬人が嫌そうに眉をひそめたが、希咲はもちろん気にしない。
『同僚ってことは、ソラオカ家具店の方ですね! あのこの後どこかに行くんですか? よかったら食事でもいかがですか? 久し振りの再会だからいろいろお話したいし』