円満夫婦ではなかったので
希咲は翌日、ソラオカ家具店本社の前で、中山を待ち伏せした。

彼は初め驚き迷惑そうにしていたが、弱弱しく涙をみせたら、たちまち態度を変えて希咲を慰めはじめた。そこから食事に誘い、酔わせてホテルに行くのは笑えるほど容易かった。

中山と抱き合うのは久しぶりだ。彼は夢中になって希咲を求めたが、事後は後悔に苛まれているのか頭を抱え項垂れていた。

(ほんと馬鹿だよね、おかげでやりやすいんだけど)

希咲は哀愁を感じる背中に、そっと抱き着いた。

『ねえ、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。今度は絶対にばれないから』

『い、いやでも、妻はあれから俺のスマホをチェックしてるんだ』

『ええ? まだそんなことしているんだ』

『俺が悪いから仕方ないんだ』

『でも本当は不満でしょう? そんなことをしたら、ますます夫婦仲が悪くなるだけなのにねえ』

『……』

中山は答えない。図星なのだろう。

希咲はベッドに乗り上げ、浮かない表情の中山の隣に座り込んだ。

『監視されているなら、スマホでやり取りしなければいいね』

『え? もう連絡を取らないってことか?』

後悔に沈んでいたはずの中山が、ショックを受けたように言う。希咲は口角を上げて笑った。

『それは嫌でしょう? だから会社のメールでやり取りしましょう。奥さんには絶対にばれないし、文面も私が上手くやるから任せて』

『わ、分かった』

中山はほっとしたような、不安そうな複雑な表情だ。

(まあ、用が済んだらさよならだけどね)

希咲の目的は、彼から必要な情報を得ることだ。万が一妻に見つかったら中山は終わりだろうが、希咲の方は揉めても大したダメージはない。最終的には頼りになる夫になんとかさせればいいのだから。
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