円満夫婦ではなかったので

『そうだったのか……驚いたな』

『私、美倉空間をクビになってから、なかなか就職出来なくて大変だったの……やっと見つけた今の仕事を辞めたくないの。だから、彬人君にお願いして安心したいの。だから中山君が協力してくれないかな?』

前職を解雇になって苦労した部分を全面に出してみた。不倫の当事者でありながら、今も職場に残っている中山の罪悪感を揺さぶり、お願いを聞かせるためだ。

狙い通り彼は希咲の言いなりになった。

仕事後に彬人を飲みにつれ出し、そこに希咲が合流する段取りだ。

店はソラオカ家具本社近くにあるホテルのバーだ。

『こんばんは』

彬人は希咲の顔を見ると、たちまち顔をしかめた。

『中山、どういうことだ?』

偶然ではないと瞬時に察したようで、中山に責める視線を向けて低い声で問う。

『あ……彬人、ごめん。でも希咲さんから、大切な話があるんだ。どうか聞いてくれないか?』

『大切な話?』

彬人がいぶかしげに希咲を見遣る。同席の許可が出た訳ではないが、希咲は構わず中山の隣の席に腰を下ろす。彬人の眉間のしわが更に深くなった。

『空岡園香さんに関することです』

『園香の?』

彬人の警戒心が一層高くなるのを感じた。

(ふーん、彼女のことがすごく大切なんだ)

園香と彬人がどんな関係なのかは知らないけれど、おらくただの親族以上の感情を園香に対して向けている。希咲が園香を悪く言えば、きっと激怒するだろうから、しばらくは慎重に話さないと。

『実は私の雇い主が、園香さんの夫の冨貴川瑞記さんなんです』

彬人の切れ長の目が、僅かに見開く。彼の関心を引いたのを確信して、希咲は口角を上げた。

『中山君から、彬人君は園香さんの親族だと聞きました。それで私の過去の不倫がいつか冨貴川さんに伝わるんじゃないか不安で……』

一度言葉を止めて、彬人の様子を窺う。

『口止めしに来たということか』

『そうです。園香さんには言わないでほしいんです』

にこりと微笑む希咲に対し、彬人は無表情を崩さない。
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