円満夫婦ではなかったので
『他人の不倫を言いふらす趣味はない』
『そうですよね。彬人君、口が堅そうだもの』
『そのなれなれしい呼び方は深いだからやめろ』
彬人がぎろりと睨みながら言う。
『ごめんなさい、つい癖で』
希咲はショックを受けたように、目を伏せる。すると黙ってやり取りを聞いていた中山が割り込んできた。
『彬人、呼び方くらいでそんなきつい言い方をしなくてもいいだろ?』
『中山は口出ししないでくれ』
放っておいたら、言い争いを初めてしまいそうだ。希咲は苦笑いをしながら、ふたりに割ってはいる。
『中山君私は大丈夫だよ。彬人君も、話を脱線させないでね。それでお願いの続きなんだけど……』
そのとき、中山のスマートフォンから着信音が鳴った。
『あ……』
画面を確認した中山の顔色が変わる。彼は希咲に断り席を外す。しばらくと慌てた様子で戻ってきた。
『ごめん。すぐに帰らないといけなくなった。妻が怒っていて』
『そうなんだ。ここは大丈夫だから帰った方がいいよ』
希咲はにこりと笑顔で言った。彬人は怪訝そうに中山が去っていく姿を見ている。
ふたりきりになると、彬人は深いため息を吐いた。この状況が苦痛でも言いたげだ。