円満夫婦ではなかったので
「今の話は結婚前のことだよね? 彬はその頃はまだ帰国していなかったはずだけど、どうやって知ったの?」

「園香から。覚えていないと思うけどときどき連絡を取り合っていたんだ。それに異動の準備などで何度か帰国していた」

彬が海外赴任してからはお互い忙しく疎遠になっていたのだけれど。園香から連絡を再開したのだろうか。

「結婚前は相談に乗ってくれてたのに、結婚してからは、あまり連絡をしあわなくなったのはどうして?」

母に聞いた話を思い出して問う。

「既婚者に近付き過ぎるのはリスクがあるからな」

「一般論ではね、でも私たちには心配なさそうだけど」

彬人はそれには答えなかった。

「富貴川と上手くやっていけそうか?」

「うーん。正直言うと自信がないな。でも上手くやっていくしかないと思ってる」

瑞記に対して思うところは多々あるものの、もう結婚しているのだ。

歩み寄って関係を改善するしかない。

「彬人は、瑞記のビジネスパートナーの名木沢さんって知ってる?」

そう口にした瞬間、彬人の顔が強張ったような気がした。

「知ってる」

「瑞記はデザイン関連の会社を経営しているそうだけど、名木沢さんはデザイナーなの? それとも管理スタッフ?」

「……富貴川の会社の社員はふたりだけだ」

彬人は僅かの間を置いてから答えた。園香はポカンと口を開く。

「え……それじゃあ瑞記と名木沢さんのふたりだけってこと?」

「まだ人を雇う余裕がないと言っていた」

「そうかもしれないけど」

(まただ……)

胸が不快感でモヤモヤする。

(起業して二年目なら仕方がない)

でも、それなら園香を仕事から遠ざける必要はないのに。

デザインの専門知識はなくても、経理などの事務作業は出来る。給料が出なくても納得する妻が協力した方がいいのに。

更に、瑞記の腕に目だった時計を思い出した。

かなり高級なもので、人を雇えない程余裕のない会社を経営している者が身に付けるには違和感があるものだ。

(余裕がありそうなのに……いや、駄目だこんな考えになったら)
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