円満夫婦ではなかったので
「どうぞ」

園香の返事より僅かに早くドアが開いた。

遠慮の無さから家族が来たのだと思った。しかし病室に入って来たのはすらりとした長身の男性だった。

(この人、昨日もいた人だ)

当たり前のように両親と一緒にいたから誰だろうと気になったのだけれど、記憶喪失なんてショックな宣告をされた為、彼について尋ねるのをすっかり忘れてしまっていた。

「あの……どちらさまでしょうか?」

失礼だとは思ったが、彼は園香が記憶喪失だと知っているのだから、ストレートに聞いていいだろう。

「……本当に覚えていないんだね」

彼は落胆したように肩を落とす。

「はい、そうみたいです」
「僕は君の夫だ」

ベッド脇の椅子に座った男性は、とても悲しそうな顔でそう言った。

「……え?」

園香は大きく目を見開く。

(嘘でしょう? 私結婚してたの? この誰だかも分からない人と?)

分からないということは出会ったのは記憶を無くした一年以内ということだ。

出会って恋愛をして結婚。それら全てを済ませるには短すぎる期間だ。

自分らしくないが、時間なんて関係ないと言う程の、劇的な恋愛をしたのだろうか。

(でも……)

彼の顔を見ても、特別なものは感じないのはなぜだろう。
園香は戸惑いながら、改めて夫と名乗った青年を見つめる。

日本人にしては色素の薄い色の肌と髪と瞳。少し目じりの下がった綺麗な二重の目に存在感の薄い鼻と唇。癖のあるミディアムヘアの柔らかそうな前髪がふわりと額を覆っている。

柔和な印象。優しそうで、好感度が高い人物。

ただ正直言うと外見は園香の好みではない。昔からもっと鋭い印象の、寡黙でストイックな雰囲気の男性に惹かれるのだ。

(性格を好きになったのかな)

恐らくそうだろうが、思い出も何もない今の状況では彼に対して気まずさしかない。
夫と言われても信じられなくて……。
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