円満夫婦ではなかったので
「……大丈夫。彬も知ってる通り瑞記との記憶は全くない状態だから、頻繁なやり取りにはならない。何を話したらいいかも迷うくらいだから」
「そうか」
「うん。心配してくれてありがとうね」
「いや……」
園香は僅かに首を傾げた。こんな言葉に詰まる様子は彬らしくない。
「どうしたの?」
「……冨貴川と一緒にいた名木沢希咲とも関わらない方がいいと思う」
「彬ったらやけに気にしてるのね」
こんなに心配性だっただろうか。園香よりも悩んでいるようにすら見える。
苦笑いを浮かべかけた時、ふと違和感を覚えた。
(あれ……今、彬は名木沢希咲って呼び捨てにしたよね?)
彼は拘りがあるのか、滅多に女性を呼び捨てにしない。するのは親しく心を許した相手のみ。もしくは相当嫌っている場合。あまりに無礼な態度を取られたときなど、相手に気を遣う必要はないと判断するらしい。
それなのに、いきなりの【名木沢希咲】よび。
(でも名木沢さんとはさっきが初対面で挨拶をしただけだし、嫌う程の接点はない。怒る程の失礼な態度もなかったと思う。それなのにどうして?)
彬人は自分の発言に気付いてないようだが、少なくとも彼にとって希咲は警戒心を抱く存在ということになる。
園香が知らない間に、彬人と希咲の間で何か会話が交わされたのか。
「怪我が完治していないし、記憶もない。納得がいかないことがあっても感情的になって無茶はするなよ」
「……分かった」
園香は彬人の忠告に頷いた。胸の中にまた一つ不安が生まれた気がした。