円満夫婦ではなかったので
「ねえ、また眉間にシワが寄ってるよ」
「あ、ああ……」
希咲は瑞記の眉と眉の間を、ほっそりした人差し指でツンとつつく
「本当に今日はおかしいのね。商談は上手く行ったって言うのに」
あと少しで契約が取れそうだった大口案件が、先ほど本決まりした。
希咲まで連れて九州まで来た甲斐が有ったというものだ。
「今夜はお祝いするんでしょ? そんな暗い顔じゃつまらなくなるよ」
「そうだね、ごめん」
瑞記は反省して気持ちを切り替える。
(そうだ。今は園香のことなんて考えてる場合じゃない。そもそもなぜ僕が彼女のことでこんなに悩まなくちゃいけないんだ)
今回の出張は希咲がわざわざついて来てくれた。彼女がクライアントを和ませてくれて、交渉の場の雰囲気がよくなったのが商談成功の一因だ。
「嫌なことは忘れて、楽しくお祝いしよう。良さそうな店を探しておいたんだ」
「本当に? 嬉しい」
希咲が機嫌を直してくれたようで、瑞記の腕をぎゅっと掴んだ。
ふたりの距離が近づき、希咲が纏う香が瑞記の鼻をかすめた。
女性らしく艶やかな香に、瑞記の鼓動が跳ねる。
「ん? どうしたの瑞記」
「い、いや、なんでもないよ。あ、この先の店なんだ」
瑞記は数日前から調べておいた、口コミで人気のダイニングバーを指す。
「あら、よさそうね」
「気に入ったならよかった」
「うん。沢山飲もう」
希咲の明るい顔を見ていると、癒される。瑞記も舞い上がるような思いで彼女の手を掴んだ。
「瑞記にいっぱい飲ませて、何を悩んでいるのか吐かせちゃうからね、覚悟してよ」
可愛くそんなことを言う希咲に、瑞記は目元を和らげ微笑んだ。