円満夫婦ではなかったので
「希咲、どうしたんだ?」
『あ、よかったまだ起きていて。今から瑞記の部屋に行ってもいい?』
電話越しの希咲の声は、わざと潜めているようなくぐもったものだった。
「何かあったのか?」
『ううん、大したことじゃないんだけどね。今夜は瑞記の部屋に泊めて貰おいたいと思って』
さらっと告げられた言葉に、瑞記は驚愕する。
「え? そ、それはさすがに……」
『迷惑なの?』
「い、いやまさかそんな訳はないよ! ただやっぱりまずいだろう? 俺たち一応既婚者だし」
希咲の声が沈んだ気がして慌てて弁解する。
『それは分かってるけど、隣の部屋の人がなんか怪しいの。中年の男の人なんだけど、何度も出入りして大きな声で独り言を言ってるのが聞こえて来るし』
「そんな男が?」
瑞記は息を呑む。
希咲の部屋は瑞記の二階上のフロアの同じビジネスシングルルームだ。
壁はそれ程薄くない。にもかかわらず声が聞こえるなんて、どれ程大声で騒いでいるのか。
(最近は物騒な事件が多い……軽く考えてもし彼女に何かあったらどうするんだ?)
しばらく考えて瑞記は決心した。
「分かった。危ないからその部屋に居ない方がいい。今から迎えに行くから」
瑞記は決心して、そう答えた。
今は非常事態。人の目を気にしている場合じゃない。
『ありがとう。瑞記がいてくれてよかった』
希咲のほっとした声に頼られているのを実感した。
「すぐに行くから、部屋から出たら駄目だよ」
瑞記は急ぎ部屋を出て、エレベーターホールに向かったのだった。