ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない

「織江? 元気ないな。疲れたか?」

広い会場を一通り回ったところで、貴志さんは気遣うように足を止めてくれた。
こういう場所にはめったに来ない、って言ってたわりに随分慣れてる感じがするし、全然疲れたように見えないのはさすがだ。

「やっぱりちょっと緊張してるみたいです。何かやらかさないかって」

力なく眉を下げる私を、優しい笑顔が見下ろしてくる。

「文冬にも写真撮らせてやったし、もう織江の役目は終わったようなものだ。あとは気楽に、美味いものでも摘まんでいればいいさ」

「あ……そっか。そうですね」

伸びてきた指先に、じゃれあう恋人みたいに頬を撫でられて。

この1週間がなかったかのような親密さに、周囲に見せるためだけのお芝居だとはわかっていても、きゅっと胸が苦しくなった。
もうすぐお別れを宣告されるって予感があるから、余計に。

「……織江?」

心配そうな声に思考が中断された。
慌てて無理やり笑顔を作ったのだが、そこでまた、「村瀬くん」と新たな声がかかった。

「お取込み中申し訳ない。早く紹介してくれと娘にせがまれてね。めったに君はこういう場所に顔を出さないから、娘としてもチャンスは逃せないと必死なんだよ」

「もうっパパったら嫌だわ」

恰幅のいいグレイヘアの紳士の腕を、横に立っていた真っ赤なドレスの美人が軽く叩く。スタイルの良さを引き立たせるオフショルダーのドレスが似合う、セクシーな人だ。

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