ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない

私の悲鳴を聞きつけたのか、バタバタと誰かが駆けてくる音がする。
救急車を呼べ、早く医者を、そいつを捕まえろ、僕は悪くない、……

悲鳴と叫び声を遠くに聞きながら、私はただ貴志さんに縋り付いていた。

嫌だ、嫌だ、何かの間違いよ、こんなのっ……


「貴志さんっ! 貴志さんっ!!」

そしてあふれる血を止めようと、無我夢中のまま両手で傷口と思われる場所を押さえる。

「っってぇ……」

微かな呻き声がして、その目がうっすらと私を映した。

「貴志さん!?」

「くっそ……やっぱ、格闘技系、やっとく、べきだったな……コーチはいっぱい……いたのに……」

「今、今救急車来るから、ね、もうしゃべらないで……」

ショートしそうな鼓動の音が煩わしい。


嘘でしょ、嘘でしょ、どうしてこんなっ……
どうして彼がこんな目にあわなくちゃならないのっ……


「あー……やっぱ、聞きたかったなー……織江、から、の好きって言葉……」

血の気の失せた顔で悪戯っぽく微笑む彼に、涙がぶわりとあふれた。

そうよ、私はまだ、一番大切なことを伝えていない。


「好きですっ好き、貴志さんが大好きです!」

「っふ、なんか、超テキトー……ま、いっか」

よろよろと伸びてきた骨ばった手を、血まみれの両手で握り締めた。

「オレも、好き、だよ。だから……結婚、して、くれるか?」

「はいっはい、しましょう、結婚しましょう! ずっと傍にいてくださいっ」

「あぁ、楽しみ、だな。散々我慢した、から覚悟、しと、け……」


楽し気な笑い声が、荒い呼吸が次第に小さくなり、やがて空気に溶けるように消えていく。

ずるり、と血で滑った手が力を失い、地面に落ち――


生気のない唇は、もう動かなかった。



「ぃいや……いやっ……貴志さんっっ!!」


神様、神様お願い。


彼を連れて行かないで――!!


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