ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
3. 織江side 実家と紫陽花と消えた庭
◇
――副社長、お急ぎになりませんと、社長とのお打合せの時間に遅れてしまいます。
今朝のエントランスゲート前。
高橋さんに促されて、背を向けた副社長。
その直前、何かを言いかけていたような……
きっと気のせい、だよね。
その後もフロアで何度か見かけたけど、特に声をかけられることはなかったし。
正体がバレたわけじゃなくて、ホッとするところなのに。
ちょっとだけドキドキしたりして。バカな織江。
恋心ってやつは、ほんとに厄介――……ねぇ、お母さん。
頭上で優しい光を放つ丸みを帯びた月へ苦笑いを向けてから、私はまた、仕事帰りの疲れた足をせっせと前へ運んだ。
そこは世田谷区内――おそらく日本でも指折りの高級住宅が立ち並ぶ一角だ。
どの家も高い塀で囲まれ、内側がまるきり見えない。
話し声も物音も聞こえないから、在宅中なのかどうかすらわからない。
そんな要塞みたいな豪邸に囲まれた夜道を一人で歩くのは、いくら生まれ育った場所とはいえ、あまり楽しい気分じゃない。
夜の散歩にはちょうどいい季節だからと、タクシーを使わなかったことを後悔しつつ歩き続けること15分余り。ようやく古びた黒塀が現れる。
ホッと息を吐いて塀を辿り、武家屋敷の入口かという大げさな観音開きの門にたどり着いた。
――副社長、お急ぎになりませんと、社長とのお打合せの時間に遅れてしまいます。
今朝のエントランスゲート前。
高橋さんに促されて、背を向けた副社長。
その直前、何かを言いかけていたような……
きっと気のせい、だよね。
その後もフロアで何度か見かけたけど、特に声をかけられることはなかったし。
正体がバレたわけじゃなくて、ホッとするところなのに。
ちょっとだけドキドキしたりして。バカな織江。
恋心ってやつは、ほんとに厄介――……ねぇ、お母さん。
頭上で優しい光を放つ丸みを帯びた月へ苦笑いを向けてから、私はまた、仕事帰りの疲れた足をせっせと前へ運んだ。
そこは世田谷区内――おそらく日本でも指折りの高級住宅が立ち並ぶ一角だ。
どの家も高い塀で囲まれ、内側がまるきり見えない。
話し声も物音も聞こえないから、在宅中なのかどうかすらわからない。
そんな要塞みたいな豪邸に囲まれた夜道を一人で歩くのは、いくら生まれ育った場所とはいえ、あまり楽しい気分じゃない。
夜の散歩にはちょうどいい季節だからと、タクシーを使わなかったことを後悔しつつ歩き続けること15分余り。ようやく古びた黒塀が現れる。
ホッと息を吐いて塀を辿り、武家屋敷の入口かという大げさな観音開きの門にたどり着いた。