ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
1. 織江side 週明けは危険がいっぱい
――オレのキス、気に入ったか?
普段オフィスで聞く、凛とした響きじゃない。
ベルベットみたいに柔らかくて、包み込むような、蠱惑的な声だった。
耳から背中、爪先へ……全身が甘く痺れていく感覚を、鮮明に覚えてる。
――なぁ、いい加減に本当の名前、教えてくれてもいいだろう?
本名を伝えたら、彼はなんて言っただろうか。
山内織江です、と。
毎日会っている、秘書室アシスタントの山内です、と。
そうしたら……
パシャッ
「きゃっ」
突然皮膚に当たった冷たい飛沫。
アパートのエントランスを出たばかりのところで、私は棒立ちになった。
「あぁ申し訳ないっ! 山内さん、大丈夫だったかい?」
数メートル先の路上から、すぐに一人の中年男性がホースを放り出し駆け寄ってくる。アパートの管理人・中田さんだ。
植栽に水やりの最中だったらしい。
「気にしないでください、前を見てなかった私が悪いので」
服は濡れてないかタオルを持ってこようか、あれこれ心配する彼へ、ほんの少しかかった程度なのでと笑顔を作る。
私としては、中田さんばかりを責めるわけにもいかない。
朝起きてからずっと、自分でもかなりぼんやりしてた自覚があったから――先週末の夜のことを思い出して。