雨宮課長に甘えたい【2022.12.3番外編完結】
ファンデーションでパンダ目を消しながら、自嘲的な笑みがこぼれる。こうやって傷ついた心も綺麗にメイク出来たらいいのに。

滅多なことで落ち込まないけど、さすがに今日はヘコむ。

ヴェネツィア映画祭、行きたかったな。
なんでよりによって部下の久保田が私の代わりに行くのよ。

映画祭の為に準備して来たのは私なのに。

それに私にせっかく売り込んでくれたボルドー監督の作品を見送るなんて酷い。確かに大衆向けの作品ではないけど、あの映画はうちでやるべきだ。

なんでわかってくれないのよ。バカ阿久津(あくつ)
あいつが配給プロデューサーになってから、私が目をつけた作品がことごとくダメで、久保田が選んだ作品ばかりが選ばれる。

誰が上司になろうと変わらないと思っていたのに、この半年は本当に苦い思いばかり。

私より立ち回りが上手い久保田が賢いって事かな。

バカなのは私か……。

だから阿久津から死刑宣告されたんだよね。

「中島には宣伝部から外れてもらうから。さっさと引継ぎしとけよ」

帰り際に言われた言葉が胸をえぐる。

宣伝部から外されるなんて、夢にも思わなかった。
この八年、プライベートな時間も全部、映画に捧げて来た。

結婚していく友人たちからは仕事に生きる奈々はカッコいいなんて言われていたけど、全然カッコよくない。

ハリウッド俳優に会えたって、私には恋人の一人もいない。
こんな時に愚痴れる友人もいない。
甘えられる恋人もいない。

仕事以外の私は空っぽだ。

いや、仕事もダメになったから、全部が空っぽ。

全てが嫌になる。

ダメだ。弱気になるな。

雨宮課長が待っているんだから、鎧は脱げない。

しっかりしろ、中島奈々子。

私は強い。これぐらい何ともない。
< 9 / 373 >

この作品をシェア

pagetop