だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
249.ようこそディジェル領へ4
「……やるな、あの王女。フォーロイトの名は伊達では無いという事か」
「やるな、というかやりすぎな気もするがな。一体どこの誰があの少女を出来損ないなどと謗ったんだ。あれで出来損ないなら人類の大半は出来損ないどころの問題ではなくなるぞ」
腕を組み、手合わせを見物していた黒狼騎士団団長バルロッサがボソリと呟くと、隣で同じように手合わせを見ていた蒼鷲騎士団団長ムリアンが物憂げにため息をひとつ。
常にディジェル領にいる彼等でさえも、『出来損ないの野蛮王女』の噂は耳にした事があるらしい。
「今の一撃、モルスの攻撃はどう考えても入っていた。だが直撃寸前で王女が魔法で作り上げた剣を出し、完璧にいなしたようだな」
「俺達でさえ見慣れるまで時間を要したモルスの攻撃を、外部の人間が初見で見切ったとはな……信じられない話だが、相手はあのフォーロイトだ。どうも納得出来てしまう」
「ああ。あの王女には恐らく──モルスの動きが見えている。あの王女は……一体誰からあのような剣を学んだと言うのか」
バルロッサの鋭い眼光の先には現在進行形で剣を交えるモルスとアミレスの姿があった。
同じディジェル領の民と言えども対応する事が難しい、モルスの卓越した剣技とその俊敏さに初見で対応するドレスを着た少女。それはもう異質極まりない光景だった。
こんなにもアミレスが評価されているのだから、恐らく今もどこかから見守っている彼女の師匠は満足している事だろう。『私が育てました』と鼻につくしたり顔でピースを作っているやもしれない。
(紅の団長さんの癖は分かった。だから次は──……右っ!)
ドレスを翻して躱す。最早すんでのところでギリギリいなすとかそういう次元ではなく、アミレスは冷静な観察の末にモルスの癖を見抜き、攻撃の予測に成功した。
「ッ!!」
(──完全に読まれた!?)
当然、モルスはこれに動揺する。だがあのアミレスがこれだけで終わる筈がなかった。
「水鉄砲《ウォーターガン》!」
まるでダンスを踊るかの如く華麗に躱しながら、残りの二人目掛けて水鉄砲《ウォーターガン》を連射した。
突然の事に避ける事も出来ず、団員のカコンは太ももを綺麗に貫かれてしまった。しかしそこで勢いは止まず、アミレスの放った水の銃弾は闘技場の壁を少しばかり抉って気化する。
もう一人、副団長のザオラースはというと。何とか初撃を剣で防いだはいいが、その後ろに隠れるように放たれていた追撃に右肩を撃たれた。
ディジェル領の民は強靭な肉体を持ち、そして自然治癒力が高い事で有名だった。故にアミレスはそこそこ大怪我を負わせても問題は無いと、いつも以上に水鉄砲《ウォーターガン》の威力を上げて彼等を撃ち抜いた。
当初の目的通り、相手の戦力を削っておく為に。
「まさか、私の攻撃を避けた上で残りの二人を先に倒すとは……お見逸れしました、王女殿下」
「モルス卿との一騎打ちを邪魔されたくなかったので……と言ったら怒りますか?」
「……ふっ。まさかそんな。そのような光栄極まりない事を言われて、怒る騎士など存在しませんよ」
両者、不敵に笑う。その後の対決はまさに手に汗握る戦いだった。
十分程経った頃。モルスの猛攻に対応していた為か、アミレスの体力が限界に近くなり、水の剣を維持し続けていた事もあって彼女は非常に疲れていた。しかしモルスは多少息が荒くなっているものの、まだまだ戦える。
誰の目から見てもモルスに軍配が上がっているこの状況。しかしそんな中でアミレスは水の剣を消し、ドレスのポケットから二つの短剣《ナイフ》を取り出した。
「ふぅー……短剣《コレ》はちょっと専門外なので、変な所に刺したりしても許して下さいね」
「専門外の武器…………私の長剣《ロングソード》の一撃を、そんな短剣《ナイフ》で防げるのですか?」
「はは。頑張ってみますね」
相変わらずにこやかな二人。ここまで来るといっそ恐怖すら感じる。
(もう体力は限界だし、一撃で終わらせるしかないかなぁ、これ。……丁度いいし、あれでも試してみるか)
ふぅ、と一息ついて、アミレスは残りの魔力の半分近くを放出した。その上で、近頃エンヴィーより教わったある奥義を試す事とした。
(師匠が『まぁ姫さんなら出来ると思いますよ。やらない方がいいですけど』って言ってたしやり方は聞いたから、多分出来るでしょ)
何と、アミレスはその場で瞳を閉じた。短剣《ナイフ》を両手に構えてはいるものの、その場から一歩も動かずに集中している。
モルスはピタリと体を止めて、一体何が起こるんだとその様子を見守る。流石に目を閉じている少女に攻撃するのは騎士道精神に反するようだ。
「我が身は虚《うつろ》の水なれば」
ピチャン、と。美しい水面に水滴が落ちたような、そんな静けさだった。
静けさの中、幻影のように姿がぐにゃりと歪む少女が小さく呟いた瞬間。
「なっ……!?」
少女の姿が、完全に消えた。
(消えただと? 一体どこに、どうやって……?!)
モルスは当然、この戦いを見物する観客達も一斉に疑問の声を上げる。
「とぉりゃぁっ!」
「ぐ、ぁ……ッ?!」
ほんの一度、時計の長針が時を刻んだ頃。何も無い空中から溶け出すかのようにアミレスはモルスの背後に姿を現し、二つの短剣《ナイフ》でその背中を斬った。
モルスの大きな背中には豪快な傷が二つ。なけなしの体力を振り絞って勢いよく体を回転させ、彼女の持てる力全てを費やした一撃だった。
それを受けモルスは地に伏せる。体の半分がまだ不透明で不定形なアミレスは、肩で息をしながらモルスに言葉を投げかけた。
「──この勝負、私《わたくし》の勝ちでよろしいかしら?」
「──はは……参った。まさかこうもあっさりと負けてしまうとは。私もまだまだだな」
負けたというのに、モルスの表情は清々しいものだった。
この言葉を皮切りに観客席からは大歓声が湧き上がる。氷の血筋の少女と紅獅子騎士団団長の戦いとは、それ程に観客達の心をわし掴むものであったという事だ。
「やるな、というかやりすぎな気もするがな。一体どこの誰があの少女を出来損ないなどと謗ったんだ。あれで出来損ないなら人類の大半は出来損ないどころの問題ではなくなるぞ」
腕を組み、手合わせを見物していた黒狼騎士団団長バルロッサがボソリと呟くと、隣で同じように手合わせを見ていた蒼鷲騎士団団長ムリアンが物憂げにため息をひとつ。
常にディジェル領にいる彼等でさえも、『出来損ないの野蛮王女』の噂は耳にした事があるらしい。
「今の一撃、モルスの攻撃はどう考えても入っていた。だが直撃寸前で王女が魔法で作り上げた剣を出し、完璧にいなしたようだな」
「俺達でさえ見慣れるまで時間を要したモルスの攻撃を、外部の人間が初見で見切ったとはな……信じられない話だが、相手はあのフォーロイトだ。どうも納得出来てしまう」
「ああ。あの王女には恐らく──モルスの動きが見えている。あの王女は……一体誰からあのような剣を学んだと言うのか」
バルロッサの鋭い眼光の先には現在進行形で剣を交えるモルスとアミレスの姿があった。
同じディジェル領の民と言えども対応する事が難しい、モルスの卓越した剣技とその俊敏さに初見で対応するドレスを着た少女。それはもう異質極まりない光景だった。
こんなにもアミレスが評価されているのだから、恐らく今もどこかから見守っている彼女の師匠は満足している事だろう。『私が育てました』と鼻につくしたり顔でピースを作っているやもしれない。
(紅の団長さんの癖は分かった。だから次は──……右っ!)
ドレスを翻して躱す。最早すんでのところでギリギリいなすとかそういう次元ではなく、アミレスは冷静な観察の末にモルスの癖を見抜き、攻撃の予測に成功した。
「ッ!!」
(──完全に読まれた!?)
当然、モルスはこれに動揺する。だがあのアミレスがこれだけで終わる筈がなかった。
「水鉄砲《ウォーターガン》!」
まるでダンスを踊るかの如く華麗に躱しながら、残りの二人目掛けて水鉄砲《ウォーターガン》を連射した。
突然の事に避ける事も出来ず、団員のカコンは太ももを綺麗に貫かれてしまった。しかしそこで勢いは止まず、アミレスの放った水の銃弾は闘技場の壁を少しばかり抉って気化する。
もう一人、副団長のザオラースはというと。何とか初撃を剣で防いだはいいが、その後ろに隠れるように放たれていた追撃に右肩を撃たれた。
ディジェル領の民は強靭な肉体を持ち、そして自然治癒力が高い事で有名だった。故にアミレスはそこそこ大怪我を負わせても問題は無いと、いつも以上に水鉄砲《ウォーターガン》の威力を上げて彼等を撃ち抜いた。
当初の目的通り、相手の戦力を削っておく為に。
「まさか、私の攻撃を避けた上で残りの二人を先に倒すとは……お見逸れしました、王女殿下」
「モルス卿との一騎打ちを邪魔されたくなかったので……と言ったら怒りますか?」
「……ふっ。まさかそんな。そのような光栄極まりない事を言われて、怒る騎士など存在しませんよ」
両者、不敵に笑う。その後の対決はまさに手に汗握る戦いだった。
十分程経った頃。モルスの猛攻に対応していた為か、アミレスの体力が限界に近くなり、水の剣を維持し続けていた事もあって彼女は非常に疲れていた。しかしモルスは多少息が荒くなっているものの、まだまだ戦える。
誰の目から見てもモルスに軍配が上がっているこの状況。しかしそんな中でアミレスは水の剣を消し、ドレスのポケットから二つの短剣《ナイフ》を取り出した。
「ふぅー……短剣《コレ》はちょっと専門外なので、変な所に刺したりしても許して下さいね」
「専門外の武器…………私の長剣《ロングソード》の一撃を、そんな短剣《ナイフ》で防げるのですか?」
「はは。頑張ってみますね」
相変わらずにこやかな二人。ここまで来るといっそ恐怖すら感じる。
(もう体力は限界だし、一撃で終わらせるしかないかなぁ、これ。……丁度いいし、あれでも試してみるか)
ふぅ、と一息ついて、アミレスは残りの魔力の半分近くを放出した。その上で、近頃エンヴィーより教わったある奥義を試す事とした。
(師匠が『まぁ姫さんなら出来ると思いますよ。やらない方がいいですけど』って言ってたしやり方は聞いたから、多分出来るでしょ)
何と、アミレスはその場で瞳を閉じた。短剣《ナイフ》を両手に構えてはいるものの、その場から一歩も動かずに集中している。
モルスはピタリと体を止めて、一体何が起こるんだとその様子を見守る。流石に目を閉じている少女に攻撃するのは騎士道精神に反するようだ。
「我が身は虚《うつろ》の水なれば」
ピチャン、と。美しい水面に水滴が落ちたような、そんな静けさだった。
静けさの中、幻影のように姿がぐにゃりと歪む少女が小さく呟いた瞬間。
「なっ……!?」
少女の姿が、完全に消えた。
(消えただと? 一体どこに、どうやって……?!)
モルスは当然、この戦いを見物する観客達も一斉に疑問の声を上げる。
「とぉりゃぁっ!」
「ぐ、ぁ……ッ?!」
ほんの一度、時計の長針が時を刻んだ頃。何も無い空中から溶け出すかのようにアミレスはモルスの背後に姿を現し、二つの短剣《ナイフ》でその背中を斬った。
モルスの大きな背中には豪快な傷が二つ。なけなしの体力を振り絞って勢いよく体を回転させ、彼女の持てる力全てを費やした一撃だった。
それを受けモルスは地に伏せる。体の半分がまだ不透明で不定形なアミレスは、肩で息をしながらモルスに言葉を投げかけた。
「──この勝負、私《わたくし》の勝ちでよろしいかしら?」
「──はは……参った。まさかこうもあっさりと負けてしまうとは。私もまだまだだな」
負けたというのに、モルスの表情は清々しいものだった。
この言葉を皮切りに観客席からは大歓声が湧き上がる。氷の血筋の少女と紅獅子騎士団団長の戦いとは、それ程に観客達の心をわし掴むものであったという事だ。