だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「……青い髪。騎士の装い。そしてその佇まい。お前、帝国の剣か?」
黒狼騎士団団長バルロッサが、イリオーデに問いかける。バルロッサの後ろでは副団長エストと団員ナァラが少し離れた場所で立っていた。
これまでの二戦を経て、黒狼騎士団の面々はイリオーデを強く警戒していた。
それもその筈。紅獅子騎士団も蒼鷲騎士団もどちらも、ディジェル領内でも指折りの実力者達の集まり。その中でも特に強い騎士団長や副団長達がこぞって敗北し続けているのだ。
彼等の予想を超える強さで勝ったアミレス。異質な強さで速攻で勝負を終わらせたアルベルト。
この流れで、最後の一人を警戒するなと言う方が無理がある。
「いいや、私は帝国の剣ではない。私は王女殿下の騎士、イリオーデだ」
イリオーデは帝国の剣という称号を否定する。
帝国の為の騎士ではなく、ただ一人の為の騎士であるイリオーデにはその名誉も立場も不要。故に彼は、帝国の剣を名乗らなかった。
「そうか。では騎士イリオーデ……黒狼騎士団団長バルロッサ、貴殿に真剣勝負を申し込む」
「勿論私は構わないが、そちらの仲間はどうするんだ」
「……そうだな、アイツ等とは俺を斬り伏せてから戦えばいい」
「了解した。あくまでも一対一の真剣勝負か」
二人の騎士は話し合い、合意の元でこの試合形式をとった。その会話は観客にも聞こえていたようで、騎士道精神に則ったその真剣勝負に観客達は興味惹かれ、前のめりで観戦していた。
(王女殿下の目的は可能な限り相手の戦力を削る事だ。手っ取り早くこの男を倒せればいいのだが……)
切れ長の瞳でバルロッサを見据え、イリオーデは思い悩む。
(何か、王女殿下に喜んでいただけるような方法はないだろうか)
真剣勝負とは。イリオーデは確かに騎士道精神を叩き込まれて育ったものの、今や彼の騎士道はただ一人の少女に捧げられている為、あってないようなもの。
彼は己が主の笑顔の為に、堂々と真剣勝負に水を差すつもりでいた。見上げた忠誠心である。決して、アルベルトに嫉妬して対抗心を燃やしているとかではない。たぶん。
思い悩んだ末、イリオーデはおもむろに両手剣を構え──、
「魔法を使うのは、あまり得意ではないんだが」
その背中に、白にも緑にも見える不透明な翼を宿した。それが強く羽ばたくとまるで上昇気流が発生したかのようにイリオーデは上空に飛び上がり、やがて重力に引きずり落とされたかのように急降下する。
誰もが唖然とする中、構えられた両手剣が高速でバルロッサの胴を斬る……かと思えたが、その寸前にてバルロッサは剣を出し防いでみせた。
まるで、一戦目のアミレスVSモルスの試合の再演のよう。
「お前……翼の魔力を持っているのか!」
「いや、風の魔力だが?」
「は?」
一歩も引けぬ鍔迫り合いの最中、バルロッサが珍しい魔力を前に面白ぇとばかりに不敵な笑みを浮かべるも、まさかの見当違い。
確かにイリオーデの背には翼のような、常に風を纏う何かがある。しかしイリオーデは翼の魔力ではなく風の魔力を扱っていると話した。
それが、バルロッサに混乱を招く。
「……どういう事だ? お前は今、確かに翼で飛んでいるだろう」
「これの事か。普通に、風の魔力だが?」
そう。実はこの翼、彼がこれまでにユーキより教わった魔法の使い方とアミレスの奇想天外な魔法の使い方を応用し、今この場で適当に編み出した風の翼なのだ。
バルロッサが呆気にとられるのも無理はない。
「……は??」
「そもそも私の魔力は風と……いや、何でもない。とにかく翼の魔力など私は所持していない。これは風を翼にしているだけだ」
「お前自分が何言ってんのか分かってんのか? 土で金貨作るとかそんな事言ってるようなものだ、今のお前は」
「そのように言われても困る。出来ているものは出来ているのだから、これ以上は説明のしようが無い。それと……」
(それと?)
「私は、魔法を使うのが得意ではない」
「なっ!?」
互いの息が分かる距離で会話をしていたかと思えば、突然吹き荒れた強風に土煙が上がる。
視界が悪くなり、バルロッサは周囲を警戒する。しかし、その時近くにイリオーデの気配は感じられなかった。
だが次の瞬間。イリオーデの気配ではなく、圧倒的な殺意をバルロッサは全身の毛が逆立つ程に感じる事となった。
「ッッ?!」
嵐のような圧倒的な風力を背に、両手剣だけがバルロッサ目掛け真っ直ぐ飛んで来た。
何故、どれだけ時間が経とうとも土煙が収まらなかったのか。それは離れた場所で両手剣を鞘に収め、風を利用し投擲する準備をイリオーデがしていたからである。
ハリケーンなどのようにどれだけ重いものでも軽々飲み込む小型の嵐を両手剣に纏わせ、力のままに投擲した。後はもう風に全てを委ねて。
すると、空間を抉り貫くかの如き勢いで、イリオーデの予想よりも速く鋭く両手剣は飛んで行った。その衝撃波で、ごうっ、と風を切る轟音が耳を襲う程に。
時間にして約一秒。瞬く間に両手剣はバルロッサの元に到着し、有り余る殺意と力を以てバルロッサ諸共更に吹っ飛ぶ。偶然にも、ずっと蚊帳の外だったエストとナァラもそれに巻き込まれて闘技場の壁まで吹っ飛ばされた。
「……やはり、魔法を使うのはまだ慣れないな」
目玉が飛び出そうな程驚く観客達。しかし一番驚いているのは恐らくイリオーデ本人だ。彼は、完全に出力を誤ったのだ。
誰もがバルロッサ達の無事を心配する中、崩れる瓦礫の中からヒビの入った剣を手にフラフラと立ち上がる男が一人。バルロッサだ。
(流石はディジェル領の民……あの攻撃を剣で防ぎ負傷を最小限にしたか)
あの勢いの両手剣が直撃した日には体を容易に貫かれてしまう。例えディジェル領の民でもそれには変わりない。
咄嗟の判断で何とか剣で防いだものの、その衝撃は当然全てバルロッサの体に伝わっている。
(……妖精に祝福された訳でもなく、あの強さとは…………恐ろしい存在が、外にはいたものだ)
何とか立ち上がったが彼の体は限界だった。体中の骨に亀裂が生じ、いくつもの筋肉が痙攣を起こしている。
だがしかし。まだ見ぬ強者と出会えたからか、バルロッサは満足げな表情で倒れたのだ。
巻き込まれたエストとナァラも当然意識を失っており、イリオーデは手合わせに勝っただけでなく、誰よりも相手方の戦力を削る事に成功したのだった。
「……──お兄様。王女殿下とお付の方々…………明らかに強すぎませんか? うちの騎士団が手も足も出ないなんて」
「帝都って、怖いな……」
最後に。ディジェル領の三大騎士団の団長相手に完封勝利を決めたアミレス達に、今後、レオナードやローズニカを始めとした多くの領民から畏怖の視線が送られる事となるのであった……。
黒狼騎士団団長バルロッサが、イリオーデに問いかける。バルロッサの後ろでは副団長エストと団員ナァラが少し離れた場所で立っていた。
これまでの二戦を経て、黒狼騎士団の面々はイリオーデを強く警戒していた。
それもその筈。紅獅子騎士団も蒼鷲騎士団もどちらも、ディジェル領内でも指折りの実力者達の集まり。その中でも特に強い騎士団長や副団長達がこぞって敗北し続けているのだ。
彼等の予想を超える強さで勝ったアミレス。異質な強さで速攻で勝負を終わらせたアルベルト。
この流れで、最後の一人を警戒するなと言う方が無理がある。
「いいや、私は帝国の剣ではない。私は王女殿下の騎士、イリオーデだ」
イリオーデは帝国の剣という称号を否定する。
帝国の為の騎士ではなく、ただ一人の為の騎士であるイリオーデにはその名誉も立場も不要。故に彼は、帝国の剣を名乗らなかった。
「そうか。では騎士イリオーデ……黒狼騎士団団長バルロッサ、貴殿に真剣勝負を申し込む」
「勿論私は構わないが、そちらの仲間はどうするんだ」
「……そうだな、アイツ等とは俺を斬り伏せてから戦えばいい」
「了解した。あくまでも一対一の真剣勝負か」
二人の騎士は話し合い、合意の元でこの試合形式をとった。その会話は観客にも聞こえていたようで、騎士道精神に則ったその真剣勝負に観客達は興味惹かれ、前のめりで観戦していた。
(王女殿下の目的は可能な限り相手の戦力を削る事だ。手っ取り早くこの男を倒せればいいのだが……)
切れ長の瞳でバルロッサを見据え、イリオーデは思い悩む。
(何か、王女殿下に喜んでいただけるような方法はないだろうか)
真剣勝負とは。イリオーデは確かに騎士道精神を叩き込まれて育ったものの、今や彼の騎士道はただ一人の少女に捧げられている為、あってないようなもの。
彼は己が主の笑顔の為に、堂々と真剣勝負に水を差すつもりでいた。見上げた忠誠心である。決して、アルベルトに嫉妬して対抗心を燃やしているとかではない。たぶん。
思い悩んだ末、イリオーデはおもむろに両手剣を構え──、
「魔法を使うのは、あまり得意ではないんだが」
その背中に、白にも緑にも見える不透明な翼を宿した。それが強く羽ばたくとまるで上昇気流が発生したかのようにイリオーデは上空に飛び上がり、やがて重力に引きずり落とされたかのように急降下する。
誰もが唖然とする中、構えられた両手剣が高速でバルロッサの胴を斬る……かと思えたが、その寸前にてバルロッサは剣を出し防いでみせた。
まるで、一戦目のアミレスVSモルスの試合の再演のよう。
「お前……翼の魔力を持っているのか!」
「いや、風の魔力だが?」
「は?」
一歩も引けぬ鍔迫り合いの最中、バルロッサが珍しい魔力を前に面白ぇとばかりに不敵な笑みを浮かべるも、まさかの見当違い。
確かにイリオーデの背には翼のような、常に風を纏う何かがある。しかしイリオーデは翼の魔力ではなく風の魔力を扱っていると話した。
それが、バルロッサに混乱を招く。
「……どういう事だ? お前は今、確かに翼で飛んでいるだろう」
「これの事か。普通に、風の魔力だが?」
そう。実はこの翼、彼がこれまでにユーキより教わった魔法の使い方とアミレスの奇想天外な魔法の使い方を応用し、今この場で適当に編み出した風の翼なのだ。
バルロッサが呆気にとられるのも無理はない。
「……は??」
「そもそも私の魔力は風と……いや、何でもない。とにかく翼の魔力など私は所持していない。これは風を翼にしているだけだ」
「お前自分が何言ってんのか分かってんのか? 土で金貨作るとかそんな事言ってるようなものだ、今のお前は」
「そのように言われても困る。出来ているものは出来ているのだから、これ以上は説明のしようが無い。それと……」
(それと?)
「私は、魔法を使うのが得意ではない」
「なっ!?」
互いの息が分かる距離で会話をしていたかと思えば、突然吹き荒れた強風に土煙が上がる。
視界が悪くなり、バルロッサは周囲を警戒する。しかし、その時近くにイリオーデの気配は感じられなかった。
だが次の瞬間。イリオーデの気配ではなく、圧倒的な殺意をバルロッサは全身の毛が逆立つ程に感じる事となった。
「ッッ?!」
嵐のような圧倒的な風力を背に、両手剣だけがバルロッサ目掛け真っ直ぐ飛んで来た。
何故、どれだけ時間が経とうとも土煙が収まらなかったのか。それは離れた場所で両手剣を鞘に収め、風を利用し投擲する準備をイリオーデがしていたからである。
ハリケーンなどのようにどれだけ重いものでも軽々飲み込む小型の嵐を両手剣に纏わせ、力のままに投擲した。後はもう風に全てを委ねて。
すると、空間を抉り貫くかの如き勢いで、イリオーデの予想よりも速く鋭く両手剣は飛んで行った。その衝撃波で、ごうっ、と風を切る轟音が耳を襲う程に。
時間にして約一秒。瞬く間に両手剣はバルロッサの元に到着し、有り余る殺意と力を以てバルロッサ諸共更に吹っ飛ぶ。偶然にも、ずっと蚊帳の外だったエストとナァラもそれに巻き込まれて闘技場の壁まで吹っ飛ばされた。
「……やはり、魔法を使うのはまだ慣れないな」
目玉が飛び出そうな程驚く観客達。しかし一番驚いているのは恐らくイリオーデ本人だ。彼は、完全に出力を誤ったのだ。
誰もがバルロッサ達の無事を心配する中、崩れる瓦礫の中からヒビの入った剣を手にフラフラと立ち上がる男が一人。バルロッサだ。
(流石はディジェル領の民……あの攻撃を剣で防ぎ負傷を最小限にしたか)
あの勢いの両手剣が直撃した日には体を容易に貫かれてしまう。例えディジェル領の民でもそれには変わりない。
咄嗟の判断で何とか剣で防いだものの、その衝撃は当然全てバルロッサの体に伝わっている。
(……妖精に祝福された訳でもなく、あの強さとは…………恐ろしい存在が、外にはいたものだ)
何とか立ち上がったが彼の体は限界だった。体中の骨に亀裂が生じ、いくつもの筋肉が痙攣を起こしている。
だがしかし。まだ見ぬ強者と出会えたからか、バルロッサは満足げな表情で倒れたのだ。
巻き込まれたエストとナァラも当然意識を失っており、イリオーデは手合わせに勝っただけでなく、誰よりも相手方の戦力を削る事に成功したのだった。
「……──お兄様。王女殿下とお付の方々…………明らかに強すぎませんか? うちの騎士団が手も足も出ないなんて」
「帝都って、怖いな……」
最後に。ディジェル領の三大騎士団の団長相手に完封勝利を決めたアミレス達に、今後、レオナードやローズニカを始めとした多くの領民から畏怖の視線が送られる事となるのであった……。