だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
……なのに、私は。
ただでさえ、心労からロクに歌えなくなっていた頃、大怪我をした人が私の元を尋ねて来た。
私はそんな大怪我は治せないと何度も繰り返した。全盛期でも治せないのに今の私に治せる訳がない。それなのにその人は、全く疑っていない純粋な瞳で私に告げた。
『──貴女は歌姫なのだから、出来るに決まっている。出来て当然だ。だってローズニカ様は我等が歌姫なのだから!』
私の歌への歪み膨れ上がった信頼が、私の息を止めるかのようだった。恐ろしい程に純粋なその期待と重圧が、重く重く、汚泥のように体中に絡みつく。
その時、お兄様は伯父様の手伝いで傍にいなくて、私一人だった。
とても心寂しかった。心臓が潰れてしまいそうな程に辛かった。絶対に出来ない。無理だ、歌えない。
でも、やらなきゃいけなかった。それが私達が生きる為に必要な事だから。歌姫《わたし》の存在意義だから。
だから歌った。お願いだから治って、お願いだから元気になって。懇願するように歌ったけど、結局、私の歌は所詮その程度だったのだ。
『──何で治せないんですか? ローズニカ様は我等が歌姫でしょう、どうして歌姫なのに何も治せないんですか?』
失望とも違う、呆れとも違う、純然たる疑問。
私が皆を癒せる事を当然と信じて疑わない人達によるその疑問や、鈍色《テンディジェル》の歌姫にかけられた重圧が、私の心をとことんメッタ刺しにした。
もう無理だ。もう嫌だ。
……そう思った瞬間私は心労が祟って倒れ、目が覚めると──歌えなくなっていた。
お兄様はこの事について関わった全員に厳重な箝口令を敷き、表向きには『喉を痛めて歌えなくなった』『その影響で音の魔力の効果も激減している』と広めていた。
それであの時の領民も納得したらしい。
『成程、それなら納得です。そうでなければローズニカ様が治せない訳が無い! いやしかし、喉を痛めているのに無理に歌わせてしまい本当に申し訳ございません』
そう言っていたとお兄様から聞いた。その言葉が更なる重圧となってのしかかる。
それからもう半年が過ぎた。私は私の存在意義を失い、領民から日々向けられる期待と信頼の声に怯えるようになっていた。
このままだとお兄様と私の居場所がなくなってしまう。お兄様と一緒にいられなくなる。だけど、今の私には何も出来ない。存在意義を、この命の価値を証明する事が出来なかった。
私の嘘が領民にバレるのも時間の問題。処刑執行を待つ罪人のような気持ちで、私は新年を迎えた。
ただ冷たく物悲しいだけの冬だと思っていた。終わりを待つだけの日々。希望なんて何一つとしてなかった。
だから、あの方と出会った時はとても驚いた。とてもはしゃいでしまった。
まさか終わりを待つだけだった私の最期に、こんな素晴らしい出会いがあるなんて。お兄様の言う通り、私達の好みの真ん中を思い切り撃ち抜いたような女の子。
雪間に儚く煌めく白銀の長髪。満点の星空を描いたような瞳。神様が一つ一つ丁寧に描いていったかのような端正なお顔。何もかもが美麗と言わざるを得ない、幻想的な雰囲気を纏うお姫様。
何度も夢見た物語からそのまま飛び出してきたような、私達の理想《あこがれ》そのもの。
そんな人が目の前に現れて、見蕩れないわけないよね? 一目惚れしないわけがないよね?
……──お兄様の言う通り、私は、あっという間に恋に落ちてしまったのだ。
「ほら、お前達もアミレス王女殿下に挨拶しなさい」
私がお兄様の肩越しに王女殿下に見蕩れていると、お父様に背中を押されて前に出される。
「あ、えっと……足元も悪い中、ようこそお越しくださいました、王女殿下」
「ディジェル領領民一同、王女殿下を心よりおもてなしいたします!」
お兄様に続き、私は慌てて挨拶した。
もっとちゃんとした言葉を考えていたのに。あのお兄様が一目惚れしたと言う女性に、私はきちんと挨拶するつもりだった。
うちのお兄様が一目惚れするに相応しい女性なのか、見定めるつもりでいたのだ。
そしたらこれである。考えていた文言など全て飛び、咄嗟にありきたりな言葉しか口に出来なかった。
「……きゃ……っ!」
あの、物語に出てくる妖精の宝玉と見紛う星空の瞳と、目が合った。ただ目が合っただけなのに、動悸が凄まじい。
赤くなった顔を見られたくなくて、思わず顔を逸らしてしまった。でも王女殿下は見たい……そんなめちゃくちゃな私は、その後もちらちらと王女殿下を見つめていた。
昔一度だけ、お兄様と一緒に皇太子殿下とも挨拶した事があるけれど……皇太子殿下とは一線を画す美しさ。見た目はかなり皇太子殿下と似ている筈なのに、何故か皇太子殿下と王女殿下の美しさには歴然の差を感じる。
これが、初恋補正というものなのかな。
「改めまして、私《わたくし》はアミレス・ヘル・フォーロイトです。そしてこちらの二人は私《わたくし》の騎士イリオーデと侍女ルティですわ」
「ああっ、申し遅れました。私は大公の弟のセレアードと申します。こちらは我が子のレオナードとローズニカです」
王女殿下が挨拶すると、まずはお父様が挨拶をした。それに続くように私達も挨拶する。
「レオナードです。よろしくお願いしま……」
「ローズニカですっ、何卒、よろしくお願いします王女殿下!」
お兄様が照れ照れしながら挨拶したものだから、私はうっかり食い気味に名乗ってしまった。お兄様が唖然とした顔で私を見る。
お兄様は既に王女殿下と会ってるんでしょう? なら別に私が王女殿下に挨拶してもいいじゃない! そんなに驚かなくてもいいじゃない!!
ただでさえ、心労からロクに歌えなくなっていた頃、大怪我をした人が私の元を尋ねて来た。
私はそんな大怪我は治せないと何度も繰り返した。全盛期でも治せないのに今の私に治せる訳がない。それなのにその人は、全く疑っていない純粋な瞳で私に告げた。
『──貴女は歌姫なのだから、出来るに決まっている。出来て当然だ。だってローズニカ様は我等が歌姫なのだから!』
私の歌への歪み膨れ上がった信頼が、私の息を止めるかのようだった。恐ろしい程に純粋なその期待と重圧が、重く重く、汚泥のように体中に絡みつく。
その時、お兄様は伯父様の手伝いで傍にいなくて、私一人だった。
とても心寂しかった。心臓が潰れてしまいそうな程に辛かった。絶対に出来ない。無理だ、歌えない。
でも、やらなきゃいけなかった。それが私達が生きる為に必要な事だから。歌姫《わたし》の存在意義だから。
だから歌った。お願いだから治って、お願いだから元気になって。懇願するように歌ったけど、結局、私の歌は所詮その程度だったのだ。
『──何で治せないんですか? ローズニカ様は我等が歌姫でしょう、どうして歌姫なのに何も治せないんですか?』
失望とも違う、呆れとも違う、純然たる疑問。
私が皆を癒せる事を当然と信じて疑わない人達によるその疑問や、鈍色《テンディジェル》の歌姫にかけられた重圧が、私の心をとことんメッタ刺しにした。
もう無理だ。もう嫌だ。
……そう思った瞬間私は心労が祟って倒れ、目が覚めると──歌えなくなっていた。
お兄様はこの事について関わった全員に厳重な箝口令を敷き、表向きには『喉を痛めて歌えなくなった』『その影響で音の魔力の効果も激減している』と広めていた。
それであの時の領民も納得したらしい。
『成程、それなら納得です。そうでなければローズニカ様が治せない訳が無い! いやしかし、喉を痛めているのに無理に歌わせてしまい本当に申し訳ございません』
そう言っていたとお兄様から聞いた。その言葉が更なる重圧となってのしかかる。
それからもう半年が過ぎた。私は私の存在意義を失い、領民から日々向けられる期待と信頼の声に怯えるようになっていた。
このままだとお兄様と私の居場所がなくなってしまう。お兄様と一緒にいられなくなる。だけど、今の私には何も出来ない。存在意義を、この命の価値を証明する事が出来なかった。
私の嘘が領民にバレるのも時間の問題。処刑執行を待つ罪人のような気持ちで、私は新年を迎えた。
ただ冷たく物悲しいだけの冬だと思っていた。終わりを待つだけの日々。希望なんて何一つとしてなかった。
だから、あの方と出会った時はとても驚いた。とてもはしゃいでしまった。
まさか終わりを待つだけだった私の最期に、こんな素晴らしい出会いがあるなんて。お兄様の言う通り、私達の好みの真ん中を思い切り撃ち抜いたような女の子。
雪間に儚く煌めく白銀の長髪。満点の星空を描いたような瞳。神様が一つ一つ丁寧に描いていったかのような端正なお顔。何もかもが美麗と言わざるを得ない、幻想的な雰囲気を纏うお姫様。
何度も夢見た物語からそのまま飛び出してきたような、私達の理想《あこがれ》そのもの。
そんな人が目の前に現れて、見蕩れないわけないよね? 一目惚れしないわけがないよね?
……──お兄様の言う通り、私は、あっという間に恋に落ちてしまったのだ。
「ほら、お前達もアミレス王女殿下に挨拶しなさい」
私がお兄様の肩越しに王女殿下に見蕩れていると、お父様に背中を押されて前に出される。
「あ、えっと……足元も悪い中、ようこそお越しくださいました、王女殿下」
「ディジェル領領民一同、王女殿下を心よりおもてなしいたします!」
お兄様に続き、私は慌てて挨拶した。
もっとちゃんとした言葉を考えていたのに。あのお兄様が一目惚れしたと言う女性に、私はきちんと挨拶するつもりだった。
うちのお兄様が一目惚れするに相応しい女性なのか、見定めるつもりでいたのだ。
そしたらこれである。考えていた文言など全て飛び、咄嗟にありきたりな言葉しか口に出来なかった。
「……きゃ……っ!」
あの、物語に出てくる妖精の宝玉と見紛う星空の瞳と、目が合った。ただ目が合っただけなのに、動悸が凄まじい。
赤くなった顔を見られたくなくて、思わず顔を逸らしてしまった。でも王女殿下は見たい……そんなめちゃくちゃな私は、その後もちらちらと王女殿下を見つめていた。
昔一度だけ、お兄様と一緒に皇太子殿下とも挨拶した事があるけれど……皇太子殿下とは一線を画す美しさ。見た目はかなり皇太子殿下と似ている筈なのに、何故か皇太子殿下と王女殿下の美しさには歴然の差を感じる。
これが、初恋補正というものなのかな。
「改めまして、私《わたくし》はアミレス・ヘル・フォーロイトです。そしてこちらの二人は私《わたくし》の騎士イリオーデと侍女ルティですわ」
「ああっ、申し遅れました。私は大公の弟のセレアードと申します。こちらは我が子のレオナードとローズニカです」
王女殿下が挨拶すると、まずはお父様が挨拶をした。それに続くように私達も挨拶する。
「レオナードです。よろしくお願いしま……」
「ローズニカですっ、何卒、よろしくお願いします王女殿下!」
お兄様が照れ照れしながら挨拶したものだから、私はうっかり食い気味に名乗ってしまった。お兄様が唖然とした顔で私を見る。
お兄様は既に王女殿下と会ってるんでしょう? なら別に私が王女殿下に挨拶してもいいじゃない! そんなに驚かなくてもいいじゃない!!