だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「何がおかしい!?」
「何もかもがおかしいだろ。つぅか……テンディジェルの人間ならそれぐらい自分(テメェ)で考えろよ、クソ野郎」

 セレアードがヘブンに掴みかかろうとしたものの、相手はフォーロイト帝国随一の港町を裏で支配する闇組織の頭目。
 例えディジェル人らしい肉体を持っていようとも、一筋縄ではいかない。
 しかもセレアードは元より外で遊ぶより部屋で本を読むタイプの人間だったので、体術なんかは護身術程度しか習得していない。
 そんな男が、裏社会の荒くれ者達を統率するヘブンに勝てる筈がなかった。
 足を払われたセレアードがバランスを崩して倒れそうになると、そこですかさずヘブンは彼の腹部に膝蹴りをお見舞いした。
 呻き声を上げながらその場で蹲るセレアードを見下ろし、ため息を一つ吐き出してからレオナードに視線を移して、

「……返して欲しけりゃ奪い返してみろ。お前にそんな事が出来るとは思わねェけどな」

 吐き捨てるように言い残して、ヘブンは鏡の中に戻ってゆく。
 鏡を通って移動し、数分後には集合場所に到着した。そこには既に他の別働隊メンバーの姿があった。軽く言葉を交わしつつ、迎えを待つ面々。十分頃が経ってようやく迎えの人間が姿を見せた。

「わりー、ちょっと向こうでやべー騎士と執事にシメられてて迎えに来るの遅れたわー」

 ヘラヘラとした口調。しかしどこか疲れが見え隠れするそれを聞いて、ヘブン達はカイルなりの苦労を悟り、遅刻した事を責めるに責められなかったようだ。

「それじゃあ早速お前等の事を転移させるから。ちょっと気分悪くなっても許してくれめんす〜」
(((((くれめんす……?)))))

 疲れて気が抜けたカイルから脳死で発せられた謎の発言に、スコーピオンの面々は脳内で疑問符を浮かべていた。
 別働隊を転移させ、カイルは背伸びをしながら一息つく。一人だけその場に残り、カイルは「もう一仕事頑張りますか」と遠くを見据えた。
 実はカイルにはまだ仕事が残っていた。この後、アミレスとローズニカを攫った襲撃者がどこに逃げたのか──それを領民達に懇切丁寧に教えてあげる為に、カイルがその囮役を担う事になっていた。
 カイルならばいざと言う時戦う事も逃げる事も可能なので、適任だとの判断である。ちなみにこれはカイル自らが立候補した役回りだ。

(あんだけ多くの人に追いかけられてリアル大逃走とか、何が起きるか分かんねぇしな。女にやらせるぐらいなら俺がやるしかねぇよな)

 遠くに見えて来た追っ手達の姿に、カイルはうげぇ〜と声を漏らした。
 古今東西、戦場に身を置く男達というものは時にやりすぎて(・・・・・)しまう生き物だ。相手が彼等にとっての大罪を犯した罪人なら尚更。
 もし囮役を女に任せ、万が一領民達に捕まるような事があり惨たらしい暴力に遭ってしまったら──。
 そんな最悪の事態を予想して、カイルは自ら危険な役回りを受け持つ事とした。女が苦手……いや嫌いではあるのだが、彼はそれ以上に、女を欲の捌け口として認識する人の形をしたゴミが心底嫌いだった。
 故に、彼は嫌いなものを守るような行動に出る。

「いたぞ! あの覆面、襲撃者だ!」
「追えーーーーッ!」
「至急襲撃者を捕らえよ! 拷問でもしてローズニカ様の居場所を吐かせろ!!」
「敵は一人だ。周囲に彼奴の味方が潜んでいる可能性とてある、警戒は怠るな!」

 追っ手がついにカイルの姿を捉えた。当然カイルはとっくにそれに気づいている。なので、すかさず翼の魔力でその背に翼を生やし空を駆けた。
 領民達は鳥のように空を飛ぶ男を見上げ、騒ぎながらもその行方を追う。魔法を放ち、カイルを撃ち落とそうとするが……何一つとしてカイルには届かなかった。

「何か思ってたより余裕だなこれ。あ、やべ……めっちゃフラグ建てた気がする〜!」

 悠々と。誰にも聞こえないからと、空中で一人騒ぐ。
 あくまでも領民達がその行方を辿れるよう、わざとらしく低空飛行でゆっくりと飛行するよう心掛け、カイルはまるで忖度のような逃走を繰り広げたのだった。
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