だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「上だよ。あの要塞の上で、誰かが歌ってる」
「要塞の上で……?」
シルフに促されて要塞を見上げる。
「あれって──ローズ?!」
要塞の監視台に立ち、ローズは歌っていた。鈍色の髪を太陽に透かせて、天に祈りを捧げるかのように彼女は音を奏でる。
まるで宗教画のようだった。ただ美しくて、感嘆のため息だけが口から零れ落ちる。
決して、声が大きいという訳ではない。それなのに、彼女の歌はこの戦場中に届いているようだった。戦う人々が思わずその武器を下ろして耳を澄ましたのは、彼女の歌が人々の心に届いたからだろう。
これが、テンディジェルの歌姫…………領民達を癒し、つけあがらせた天使の歌声。
ああ確かに、これは癖になる。神々自ら楽器を手に取り伴奏をするような、一度聞いたら忘れられない最高の歌だ。
「…………あれ? なんか、傷が……」
腹部にあった痛みが引いてゆく。何が起きているのかと、氷塊を溶かして腹部に触れる。するとそこにあった筈の大きな傷口が消えていたのだ。
流石に服を捲って見る訳にはいかないので、手探りで確認しただけなのだが……腹部にあった筈の傷が綺麗さっぱりなくなっているみたいだった。
もしかしてこれが、ローズの歌の治癒力? でもあの子は歌えない上に大きな怪我は治せないって……。
今、自分の身に何が起きているのか分からず、当惑する。
「ね、ねぇ傷がなくなったんだけど! 何でか分からないけど傷が治った……っていうか、心なしか凄く力が湧いてくるし疲れも吹き飛んでるような……何これ本当に何が起きてるの?!」
「落ち着いて、アミィ。いやボクもそこそこ驚いてるけどひとまず落ち着いて」
「でも、怪我が!」
「うんそうだね怪我が治ったみたいだね。とりあえず落ち着こうか」
シルフの胸で暴れる私を、彼はニコニコしながら優しく宥める。
こんなにも身に覚えのない現象が立て続けに発生し、もはや恐怖すらも感じる。そんな困惑からどうにも落ち着けない私の様子に、何故かホッとしたように胸を撫で下ろすイリオーデとアルベルト。
どうやら、私の怪我が治ったという事柄に安心したらしいのだ。
「多分だけど、アミィの怪我が治ったのはあの歌の力だと思うよ。あれはー……ミュゼリカが何か小細工したっぽいなぁ…………」
ローズを見つめ、シルフは眉を顰めてボソリと呟いた。ミュゼリカ? またシルフの知り合いかしら。
しかし……これは本当にローズの歌の力なの? ローズ本人が無理だと言っていた事が、ことごとく今起きているけれど。
「……アミィ、確か力が湧いてくるとか言ってたよね」
「うん。今も凄くやる気が漲ってるよ」
「ああ、成程ね。ミュゼリカの奴め余計な真似を…………!」
途端に険しくなるシルフの顔。何が成程なの? と首を傾げていると、
「音の魔力っていうのはね、本人の精神性が強く影響するんだ。特に歌っていう形ならば尚更。特定の誰かへと向けた強い想いが篭ったそれは、その誰かだけに尋常ならざる効果を発揮するんだ」
うんざりしたような面持ちでシルフが説明する。
つまり、どういう事? と私は変わらず首を傾げたまま。そんな私の反応にシルフの表情は険しくなった。
「……あの人間はアミィの事を想い、アミィに向けて歌ってるんだ。だから本来ならば聞いた者全てに与えられる筈だった恩恵が、今はアミィ一人に与えられてるの。だからアミィだけ、どんどん力が湧いてくるんだと思うよ」
そう言って、彼はケッ、と唾を吐く。
それって前にカイルから聞いた魔導遺産ってやつと似てるわね……嘘でしょう? ローズの歌が魔導遺産と同じような効果や力があるなんて!
「はぁー気に食わない。ボクがいない半年の間に色々起きすぎだろ。何でアミィはそこらじゅうでホイホイ人間を誑し込むんだ…………」
はぁぁぁぁぁぁ。と深く大きなため息を吐き出して、シルフは項垂れる。
誑し込むだなんて人聞きの悪い……ローズは女友達なのに。シルフにも後でその辺りをちゃんと話さないとね。
ずっと閉塞的な世界に生きてた私がこうして外で友達を作ったんだから、もう少し喜んでくれたっていいのに。
私の苦楽を知る人生初友達のシルフには、一番喜んで欲しいのになぁ。
「──主君。領民達が公女に気づき要塞に向かい始めました。そろそろ潮時かと」
アルベルトの顔はモルスさんの方に向けられていた。釣られてそちらに顔を向けると、モルスさんを筆頭に次々と要塞に突撃する領民達の姿が。
ローズの姿を確認して、もう私達を倒す必要はないと判断したのかもしれない。カイルや私達には目もくれず、要塞に雪崩れ込もうとしていた。
怪我も治ったのでもう大丈夫だと、シルフに言って降ろして貰った。そこで懐から鏡を取り出して、ヘブンに連絡を取った。
「ヘブン、今大丈夫かしら?」
『──まァ。ところでそっちはどうなってんだ? デケェ爆発音とか聞こえたが』
「領民達が自爆特攻して来たの。それはともかく……もう戦うのをやめて戦線を離脱して。そろそろこの計画を終わりにするわよ」
『急かよ。はァ……アイツ等にも伝えておく』
眉を顰めている事が目に浮かぶような不機嫌な声で、ヘブンは連絡をブツ切りした。
別にいいんだけどさ、もうちょっと愛想良く出来ないのかな……私相手だから許されるけど、他の人相手ならお説教案件よ。
「アミィ、それってもしかして鏡の魔力? 珍しいものを持つ人間がいたものだね」
「ね。私も初めてこの鏡を使った時は驚いたわ」
「…………くそ、また男か……」
「何か言った?」
「気の所為だよ」
あからさまにニコニコしているわ。流石の私もスルー出来ない怪しげなニコニコっぷりだ。あまりにも怪しい。
シルフって、いつもこんな風に表情豊かに喋ってたんだ。
半年振りに再会出来た事だけじゃなくて、こうして新しい一面を見られた事も……とっても嬉しいな。
「要塞の上で……?」
シルフに促されて要塞を見上げる。
「あれって──ローズ?!」
要塞の監視台に立ち、ローズは歌っていた。鈍色の髪を太陽に透かせて、天に祈りを捧げるかのように彼女は音を奏でる。
まるで宗教画のようだった。ただ美しくて、感嘆のため息だけが口から零れ落ちる。
決して、声が大きいという訳ではない。それなのに、彼女の歌はこの戦場中に届いているようだった。戦う人々が思わずその武器を下ろして耳を澄ましたのは、彼女の歌が人々の心に届いたからだろう。
これが、テンディジェルの歌姫…………領民達を癒し、つけあがらせた天使の歌声。
ああ確かに、これは癖になる。神々自ら楽器を手に取り伴奏をするような、一度聞いたら忘れられない最高の歌だ。
「…………あれ? なんか、傷が……」
腹部にあった痛みが引いてゆく。何が起きているのかと、氷塊を溶かして腹部に触れる。するとそこにあった筈の大きな傷口が消えていたのだ。
流石に服を捲って見る訳にはいかないので、手探りで確認しただけなのだが……腹部にあった筈の傷が綺麗さっぱりなくなっているみたいだった。
もしかしてこれが、ローズの歌の治癒力? でもあの子は歌えない上に大きな怪我は治せないって……。
今、自分の身に何が起きているのか分からず、当惑する。
「ね、ねぇ傷がなくなったんだけど! 何でか分からないけど傷が治った……っていうか、心なしか凄く力が湧いてくるし疲れも吹き飛んでるような……何これ本当に何が起きてるの?!」
「落ち着いて、アミィ。いやボクもそこそこ驚いてるけどひとまず落ち着いて」
「でも、怪我が!」
「うんそうだね怪我が治ったみたいだね。とりあえず落ち着こうか」
シルフの胸で暴れる私を、彼はニコニコしながら優しく宥める。
こんなにも身に覚えのない現象が立て続けに発生し、もはや恐怖すらも感じる。そんな困惑からどうにも落ち着けない私の様子に、何故かホッとしたように胸を撫で下ろすイリオーデとアルベルト。
どうやら、私の怪我が治ったという事柄に安心したらしいのだ。
「多分だけど、アミィの怪我が治ったのはあの歌の力だと思うよ。あれはー……ミュゼリカが何か小細工したっぽいなぁ…………」
ローズを見つめ、シルフは眉を顰めてボソリと呟いた。ミュゼリカ? またシルフの知り合いかしら。
しかし……これは本当にローズの歌の力なの? ローズ本人が無理だと言っていた事が、ことごとく今起きているけれど。
「……アミィ、確か力が湧いてくるとか言ってたよね」
「うん。今も凄くやる気が漲ってるよ」
「ああ、成程ね。ミュゼリカの奴め余計な真似を…………!」
途端に険しくなるシルフの顔。何が成程なの? と首を傾げていると、
「音の魔力っていうのはね、本人の精神性が強く影響するんだ。特に歌っていう形ならば尚更。特定の誰かへと向けた強い想いが篭ったそれは、その誰かだけに尋常ならざる効果を発揮するんだ」
うんざりしたような面持ちでシルフが説明する。
つまり、どういう事? と私は変わらず首を傾げたまま。そんな私の反応にシルフの表情は険しくなった。
「……あの人間はアミィの事を想い、アミィに向けて歌ってるんだ。だから本来ならば聞いた者全てに与えられる筈だった恩恵が、今はアミィ一人に与えられてるの。だからアミィだけ、どんどん力が湧いてくるんだと思うよ」
そう言って、彼はケッ、と唾を吐く。
それって前にカイルから聞いた魔導遺産ってやつと似てるわね……嘘でしょう? ローズの歌が魔導遺産と同じような効果や力があるなんて!
「はぁー気に食わない。ボクがいない半年の間に色々起きすぎだろ。何でアミィはそこらじゅうでホイホイ人間を誑し込むんだ…………」
はぁぁぁぁぁぁ。と深く大きなため息を吐き出して、シルフは項垂れる。
誑し込むだなんて人聞きの悪い……ローズは女友達なのに。シルフにも後でその辺りをちゃんと話さないとね。
ずっと閉塞的な世界に生きてた私がこうして外で友達を作ったんだから、もう少し喜んでくれたっていいのに。
私の苦楽を知る人生初友達のシルフには、一番喜んで欲しいのになぁ。
「──主君。領民達が公女に気づき要塞に向かい始めました。そろそろ潮時かと」
アルベルトの顔はモルスさんの方に向けられていた。釣られてそちらに顔を向けると、モルスさんを筆頭に次々と要塞に突撃する領民達の姿が。
ローズの姿を確認して、もう私達を倒す必要はないと判断したのかもしれない。カイルや私達には目もくれず、要塞に雪崩れ込もうとしていた。
怪我も治ったのでもう大丈夫だと、シルフに言って降ろして貰った。そこで懐から鏡を取り出して、ヘブンに連絡を取った。
「ヘブン、今大丈夫かしら?」
『──まァ。ところでそっちはどうなってんだ? デケェ爆発音とか聞こえたが』
「領民達が自爆特攻して来たの。それはともかく……もう戦うのをやめて戦線を離脱して。そろそろこの計画を終わりにするわよ」
『急かよ。はァ……アイツ等にも伝えておく』
眉を顰めている事が目に浮かぶような不機嫌な声で、ヘブンは連絡をブツ切りした。
別にいいんだけどさ、もうちょっと愛想良く出来ないのかな……私相手だから許されるけど、他の人相手ならお説教案件よ。
「アミィ、それってもしかして鏡の魔力? 珍しいものを持つ人間がいたものだね」
「ね。私も初めてこの鏡を使った時は驚いたわ」
「…………くそ、また男か……」
「何か言った?」
「気の所為だよ」
あからさまにニコニコしているわ。流石の私もスルー出来ない怪しげなニコニコっぷりだ。あまりにも怪しい。
シルフって、いつもこんな風に表情豊かに喋ってたんだ。
半年振りに再会出来た事だけじゃなくて、こうして新しい一面を見られた事も……とっても嬉しいな。