だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「……何か、思い出したの?」

 僅かに震える唇から、言葉を紡ぐ。
 私達二人の共通点──、それは前世の自分にまつわる記憶が無いという点。
 それ故に。私達がゲームや自分以外の事柄に関する前世の記憶を持った状態で、どうしてこの乙女ゲーム世界に転生したのか……それを突き止める手段がこれまでは無かった。だけど。
 何か、私達の前世に共通点があったのか。どういう基準でもって私達が選ばれたのか……それを突き止める為の手がかりが、ようやく手に入るというの?

「おう。前世の自分の名前だけは何となく思い出した。でもそれ以外は相変わらずぜーんぜん。まぁ……思い出す価値もない人生を送ってた気がするけどな」

 肩を窄めて、彼はなんて事ないように語る。

「名前……どんな名前だったの?」
「んー……内緒。俺、あんまりあの名前好きじゃねぇんだよ。だからこれからもカイルかルカって呼んでくれりゃあ、それでいいぜ」
「はぁ? ここまで来て引っ張るとか……性格わるーい」
「別にいいだろぉ? ぶっちゃけ前世の名前とか俺達の目指せハッピーエンド計画には関係無いんだし」
「それはそれ、これはこれ、でしょう!」

 何故か名前を教えてくれないカイルを睨み、深夜に二人でぎゃあぎゃあと騒ぐ。
 その途中でふとカイルが何かを思い出したように「あ」と言葉を漏らして、サベイランスちゃんをいじり始めた。
 こいつ、急に私の事無視するじゃないの……と僅かに苛立ちを覚えていると、机の上に小さな白い魔法陣が浮かび上がってそこには見覚えのあるシルエットが現れた。
 ──あれは、まさか。

「またうっかり渡し損ねる所だった。はいこれ、誕生日プレゼント。結構作るの大変だったんだぜ?」
「これって、あれよね……カメラだよね?」
「強いて言えばポラロイドカメラだな。魔力さえあればその場で印刷出来るし、これ使ってアイツ等……特にマクベスタとかさ、皆との思い出をたくさん作ってやってよ」

 カイルが渡して来たのはカメラだった。それも、その場で写真が出てくるタイプのカメラ。
 真新しいものを見たような気分で、物珍しさから暫しそれを手に取り弄っていた。そんな私の様子をカイルは不思議そうに眺めていて。

「……何その反応。いくらお前が元JKでもポラロイドカメラとか、インスタントカメラとかぐらい見た事あるだろ。それこそなんかネット映えするとかで一時期流行ってたし。そんなカメラを初めて見た子供みたいな反応せんでもいいだろーが。ジェネギャで殺す気か?」

 カイルがため息混じりにそう言うものだから、私は思ったままの言葉を口から零してしまった。

「これが、カメラ。実物って初めて見たかも。知識としてはあったし、電子機器のカメラ機能は使った事あるけど…………カメラなんて、私の周りには無かった」

 何も覚えていない前世が、不親切にカメラというものを初めて見た事だけを知らせてくる。

「マジ? そんな事ある? デジカメとかも含め無いわけ? 親とかさ、あと学校とかで絶対見ただろ」

 とても驚いた様子のカイルが身を乗り出して問うてくる。だがどれだけ思い出そうとしても、私に前世の記憶は無い。

「カメラも、親も、学校も、全部分からない。何も思い出せないの」

 ──そもそも、私にそんなものが……そんな経験があったかも怪しい。

「…………なんつーかさ、前から思ってたんだが……俺はともかくお前の記憶力でここまで前世の記憶だけが無いってのも変な話だよな。マジでどうなってんだか」

 はぁ。とカイルは眉間に皺を寄せて項垂れる。
 それについては一理ある。ゲームの事やどうでもいい内容は一言一句覚えているのに、肝心の前世の事などは全く覚えていないなんて、明らかに不自然だ。
 考えても考えても、答えは出ない。一度頭を整理させる必要があると、私は席を立って自室に戻る事にした。
 去り際に、「カメラ、ありがとう。貴方も早く寝なさいよ?」と伝えてカイルとは別れた。
 カメラを机に置いて寝台(ベッド)に倒れ込み、ぼーっと考える。

 ……──私は、私達は。どうしてこの世界に生まれ変わったんだろう。


♢♢


「……マジで訳わかんねぇわ。元JKでカメラ見た事ないとかどんな環境に生きてりゃそうなるんだよ」

 どこか思い悩む面持ちのアミレスが自室に戻った後、俺はまだ暫く食堂で一人黄昏ていた。
 アミレスのあの反応、あれは嘘や演技ではなく正真正銘(ガチ)の反応だった。つまりアイツは十七年間生きてるうちに、本当にカメラを一度も見た事がなかったという事。

 いやどんな環境。無理だろそんなの。防犯カメラとかさ、とにかくカメラと名のつくものなんてごまんと溢れかえってる世界でそんな事可能なのか?
 などと他所の家の事に真剣に首を突っ込もうとしては、流石にこれは過干渉だしキモイかと反省。流れのまま、俺は先程のアミレスとのやり取りを思い返す。

『名前……どんな名前だったの?』

 首を傾げ、アイツは素直に聞いて来た。だけど俺は元々好きじゃない名前だった事と……単純にバレたら(・・・・)恥ずかしいって理由から名前を教えなかった。

「はぁ……言える訳ねぇよなぁ。ついうっかり、こう呼んでくれって言っちまった手前さぁ……」

 背もたれに体を預けて暗い天井を仰ぐ。
 なんという偶然か、はたまた俺が無意識のうちに合わせにいってしまったのか。今更前世の名前を名乗るに名乗れない状況になっていたのだ。

「──穂積瑠夏(ホヅミルカ)とか、恥ずかしくて今更名乗れねぇっつの……! 今思い出してもマジで女っぽい名前だなぁこれ…………これに苦しめられてきた記憶まで蘇りそう」

 大っ嫌いな家族と同じ苗字。女っぽくて弄られがちだった名前。その所為か昔からずっと苦手だった、俺の名前。

「その癖、何でアミレスにはルカって呼ばせようとしてんのかねェ、俺は。矛盾しすぎだろ」

 謎の矛盾から、呆れてため息も出ない。
 瑠夏って呼ばれんの嫌いだったのに。何でルカなら問題ねぇのかな。そんな事を延々と考えていたら──気がつけば、窓の外からは朝日が射し込んできて。

「……マジ?」

 考え事だけでオールナイトしてしまった自分に軽く引きつつ、俺は眩しすぎる朝日を拝んでいた。
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