だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
 まあ、でも。あたしは優しいから。だからあの子達の事は許してあげたの。
 あたしの言葉が本当だって分かったあの時の……あのこの世の終わりみたいな顔を見られただけで、十分溜飲は下がった。
 それに、保護という名目で神殿都市に来るように言われて、ゲーム通りの展開だ! とあたしはワクワクしていた。だから、この時にはあの子達の事も割とどうでもよくなっていたのだ。

 神殿都市に行ったらミカリアやサラやセインに会える。ゲームが始まれば……選択肢次第でカイルやアンヘル、マクベスタやフリードルにだって会いに行ける。
 いつか愛した攻略対象(キャラクター)達に実際に会って、ゲームのように愛して貰えるんだと思うと。あまりの嬉しさと期待とで、あたしはどんどんおかしくなっていった。

 だからかな……実際に神殿都市に行って、ゲームと全然違うからと、不安と焦燥からあたしは何度も癇癪を起こしてしまった。ああ──まるで、大嫌いだけど好きだった誰か(・・)のように。
 すぐに物に当たって、人に当たって、金切り声で叫んで。本当に、あたしが一番嫌いな言動だったと思う。
 それに気づいたのは、つい先日。とても見覚えのある金色の髪の女の子に夢枕に立たれて、

『今ならきっと、目覚める事が出来る筈。だからどうか、夢から目覚めて。お願い、もう一人の(あなた)…………取り返しがつかなくなる前に』

 そう真剣な顔で言われて、目を覚ました時だった──。

「…………シェル。ミシェルってば。どうしたの、ぼーっとして」

 ハッとなり、顔を上げると。そこには灯篭を抱えているロイがいた。
 そうだった……あたしは今、今度の花迎祭(ガーデニング)で空に飛ばす灯篭の用意をしてたんだった。

「ちょっと、ウトウトしちゃってたみたい」

 過去を振り返っていた、なんてあたしらしく無さすぎる。だからこう答えたんだけど、

「そっか。最近温かくなってきたから、おれもついつい眠くなっちゃうんだよなぁ。そうだっ! なぁミシェル、あとで準備が終わったら昼寝しよ!」
「おいコラ、軽卒に女性を共寝に誘うなこのバカタレ。いいか、共寝っていうのは愛し合う者同士がするものであって──……」
「堅苦しいなぁセインは。大丈夫だよ、おれとミシェルはとっくの昔から両想いだから!」
「なっ…………オマエと、彼女が両想いだぁ!? 寝言は寝て言え馬鹿野郎!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだってミシェルが言ってたぞ! やーいセインのばーーか!」
「オマエだって言ってるじゃないか!!」

 ぎゃあぎゃあと、ロイとセインが取っ組み合いを始めたのだ。いつも通りだからもう見慣れたものだけど。
 いつもならここで『攻略対象(キャラクター)達があたしの為に言い争うなんて、やっぱりヒロインは最高ね』だなんて脳内お花畑の痛々しい事を考えていただろう。
 だが今は少し違う。あたしは今、ただただ『二人共、ゲーム通りだなぁ』と微笑ましい思いになっていた。

 このままゲーム通りに頑張って、なんとかハッピーエンドを迎えて……このまま上手く事が運べば、あたしは皆に愛してもらえるよね。
 きっと、痛くない普通の愛がもらえるよね。
 祈るように両手を重ね、額に当てる。あたしはギュッと瞼を閉じて、脳裏に誰かの笑った顔を思い浮かべていた。
 ミカリアやフリードルといった攻略対象達とは違う、思い出せもしない誰かの顔。

 ……──ねぇ。きっと、あたしだって……普通に幸せになれるよね?

 祈るように思うと同時に、何も覚えていない筈なのに僅かな思い出がじんわりと浮かびあがる。
 大きくて優しい、少しゴツゴツとした手。カッチリとしたスーツから覗く、何かとのコラボグッズだと自慢げに語っていた腕時計。
 ガチャで推しを引いた時なんかは飛び跳ねて喜んで、周りからの視線に耳まで赤くして居心地悪そうに着席していた。あたしが問題を解けた時には、困ったように笑って、躊躇いつつもあたしの頭を撫でて褒めてくれた優しい誰か。
 教えて欲しいの。本当にこのままでいいのかとか、あたしはどうすればいいのかとか……ねぇ、お願い。
 もう一度、あたしを導いてよ────お兄さん。

「……お兄さん、って…………誰の事?」

 思い出したいのに何も思い出せない。そんな、出口の無い迷路の中で……あたしは酷い胸の痛みに襲われて、ただ蹲る事しか出来なかった。
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