だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「おねぇちゃんはさ、結局あのクソ兄の事が好きなの? 嫌いなの?」

 どこからともなく現れたシュヴァルツが、私の隣に座ってこちらを見上げてくる。本当に音も気配も無く突然現れたものだから、シルフとセツが「あっ!?」「ゥバァウッ!」と強く反応する。
 ……シュヴァルツもシュヴァルツで謎が多いんだよなぁ、結局何者なんだろうかこの子は。絶対只者ではないと思うんだけど。
 なんて裏で考えつつ、シュヴァルツの質問に答える。

「……憎らしい程に好きだよ。大っ嫌いなのに、それでもやっぱりあの人の事が好きなの。好きなんて気持ち、私には分からないのに──私は、どうしても兄様を嫌いになれないんだ」

 どれだけアミレスの感情と折り合いをつけようとしても、これだけはお互い譲れない。以前アミレスと話して、そう分かった。
 だからその上で二人の幸せを目指すと決めたのだけど……これ、本当にいけるのかなあ。アミレスは私が幸せになったら一緒に幸せになれる筈……なんて言ってくれたけど、でもあのアミレスだからなあ。
 そう思ってるからフリードルに急に呼び出された時だって、皆に猛反対されながらも嫌々呼び出しに応じたのに。それにしても、あの時のフリードル……めちゃくちゃ気味悪かったな。終始誰だよマジで状態だった。
 あの地獄のお茶会の所為でちょっと紅茶飲むのが辛くなったぐらいだし。フリードルには是非とも反省していただき、二度とあんな嫌がらせはしないでもらいたい。

「…………はァ、マジでめんどくせぇな」

 シュヴァルツが俯いて何かをボソリと呟いたかと思えば、

「ねぇねぇおねぇちゃん。もしあのクソ兄がおねぇちゃんの事を愛してくれたら、おねぇちゃんは嬉しい?」

 パッと明るい表情で更に問うてくる。深淵を覗いているような感覚に陥るその瞳にじっと見つめられ、私は固唾を呑んだ。そして私は、少し間を置いてから口を開く。

「うーん、分かんない。だってこれまで誰にも愛された事がないから、兄様に限らず人に愛される事がどんな感じかも分からないし。でもまあ、愛されたらそれなりに嬉しいんじゃないかな」

 そんな日は永遠に来ないけど。と肩を竦めつつ、私がポロッと本音を漏らすと、

『………………』

 その場にいた全員が、酷い顔をして黙り込んでいた。急にやたらと重くなった空気にいたたまれなさを感じていると、セツが切なげに鳴きながら私の顔に頭を擦り付けてきた。
 まるで、慰めてくれているかのように。
 ふふ、ありがとう、セツ。あなたは本当に温かくて優しいね。お日様の下で眠ってる時の、温もりみたい。

「……──君には、ボク達の愛が伝わってなかったんだね。君がそんなにも鈍感になってしまったのは、君の家族の所為なのかい?」

 我が事のように悔しげな、されど静かな怒りを蓄えた声で、シルフが私を抱き締めて拳を震えさせた。
 よく分からないけど……どうやらシルフは怒っているらしい。でも、何に?

「家族の所為……でもあるけど、半分は私自身の所為かな。元々愛が何か分かってなかったし」

 前世で道徳の授業とか受けなかったのかな。受けなかったんだろうなあ。物の見事に愛が何なのか分からない。
 本当に……どんな前世を送ってたら幸せになりたいなんて強迫観念に駆られ、更には愛も恋も分からないなんて事になるのやら。我が事ながら意味不明である。

「正直な話、愛されたいとか思ってる割に愛の定義がよく分からないんだよね。具体的に何をされたら愛されたって事になるのかしら。愛の魔力を持ってたら、こんなにも悩む事はなかったのかなぁ」
「……愛の魔力は他者の愛情を支配する魔力だから、持ってても多分愛が何かは分からないと思うよ。でも、そうか……愛が分からないか……どうしたらアミィに愛を伝えられるんだろうか」

 シルフが、ぎゅっと下唇を噛む仕草をする。
 すると冷めた表情のシュヴァルツがおもむろに口を切った。

「極端な話、愛なんてものは見かけ騙しのものだよ。相手を支配したいだとか、支配されたいだとか。そう言った性欲やら情欲やら支配欲やら……そういう汚いものをどうにか綺麗で美しいものにしようっていう、浅はかな考えのもと作り上げられた虚構が愛欲(アイ)だ。だから、厳密にはそんなもの存在しない。おねぇちゃんだって、愛は分からずともそれ以外は分かるでしょう?」

 一瞥と共に話を振られ、少し戸惑う。一応それ以外は分からなくもないので頷くと、シュヴァルツは眉一つ動かさずに更に続けた。

「じゃあ問題無いよ。所詮愛なんて欲望の総称に過ぎないのだから、愛って形式に拘らずにその中身に意識を向ければいい。さて、前置きはこの程度でいいか」

 シュヴァルツの病的に真っ白な手が私の喉元に伸びる。彼の冷たい指先が私の肌に触れると、何か良くないものが体に巻き付くような違和感を覚え、体がピクリとも動かなくなった。
 彼は侍女服を着ているのに、何故か今のシュヴァルツは妖艶な男性のように見えてしまう。その表情が、その鋭い瞳が、子供らしからぬものだからだろうか。
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