だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

303,5.青い星を君へ 番外編

 平静を装い部屋を出る。気を紛らわすかのように、何度も愛剣の柄を撫でた。
 ──ああ、それでも頭から消えない。
 どれだけ無心になろうとしても、心臓の鼓動がそれを許してくれない。

「……っ、あぁ、もう……!」

 逃げ出すように早足で廊下を進み、ある程度彼女の部屋を離れた所で、壁に手をつきしゃがみ込む。
 演技と意地で必死に隠していた恥ずかしさやら興奮やらが、その必要を失い解き放たれるのだ。心臓が素早く鼓動して、顔に熱が集まる。

「くそ……本当に、可愛いかったなぁ…………」

 オレの言葉になんの疑問も抱かず、彼女は目蓋を閉じた。青い瞳の深みを底上げするような、長く美しい白銀の睫毛。瞳を閉じていればその長さが顕著になり、彼女の美しさの一要素である事を実感させた。
 気が緩んでいたのか下げられた眉尻や、僅かに空気を取り込む小さく開いた口元も相まって……オレはあの時、劣情を抱いてしまっていた。
 だ、だってあれ……いわゆる、きっ──キス待ち顔と言うものなのでは?!

 ただでさえ、下心…………というか少しでも彼女と時間を共にしたいが故に、適当な言い訳をしては同行を申し出たのに。
 アミレスからまた『貴方はとっても強いんだから!』と言って貰えて嬉しくなっていたのに。今日が元気な日で本当に良かったと心から喜びを噛み締めていたのに。
 自分から目を閉じろと言い出した癖に、いざ実際に目と鼻の先に最愛の女性の無防備な顔があれば。オレの意思一つで如何様にも出来てしまう無防備な顔があれば。年頃の男として、何も思わない筈がない。
 例え、今のオレがどうしようもない出来損ないであったとしても……それとこれとは話が別だったのだ。

 正直、いやかなり、危なかった。
 彼女への贖罪が無ければ、手を出してしまっていたかもしれない。
 白玉のような透明感のある肌に、淡い花のような小ぶりの薄紅の唇。一度見たら忘れられない端正な顔立ち…………そこに初恋の人かつ最愛の女性と言う前提が加われば。オレのような理性の弱い男なんて、すぐに欲情に飲み込まれてしまう。
 オレの弱い理性の代わりに、生きる意味たる贖罪が何とかオレを押し止めてくれたのだ。
 ありがとう、贖罪。
 思わず、意味の分からない感謝をあの時胸に抱いたぐらいだ。

「はぁ──……危なかったぁ、よく耐えた、オレ…………」

 なんかいい匂いもしたな。とふと思い出し、煩悩よ吹き飛べとばかりにゴンッと額を壁にぶつけると、

「別にキスの一つや二つ、挨拶程度のノリでやっても怒られねぇと思うけどなァ」

 いつの間にか隣にカイルが座っていた。その上でなんとも恐ろしい事を宣ったのだ、この男は。

「なっ、何言って……というか、まさか独り言を聞いてたのか…………っ!?」

 オレが慌てて立ち上がると、カイルもニヤニヤと笑いながらゆっくり立ち上がった。

「マクベスタの事だから、絶対にさっきの事で悶々としてるだろうなーと思って。そんなの見に行かなきゃ損だろ? で。どうだったんよ、好きな人の無防備な姿をゼロ距離で見──っいてぇ!?」
「五月蝿い」

 放っておくとペラペラと余計な事ばかりを口にしてくれよるから、思い切りカイルの脛を蹴ってやった。すると、憎き天才と言えども脛への攻撃はどうしようもなかったようで、脛を擦りながら廊下でのたうち回っている。

「うぅ、マクベスタ容赦ない……まさかのドS……でもあり寄りのありだわ好き」

 気持ち悪いな、こいつ。
 本当に何なんだ……男相手に何を言って──はっ、まさか……?!

「お前、もしかして男色の気があるのか……?! 悪いがオレは、アミレス以外に心をやるつもりは無い」

 嫌な想像をしてしまい、手足に鳥肌が立つ。背筋に走る悪寒に表情を歪め、唾棄するかのように言い捨てた。

「アッ、俺の推し相変わらず真面目一途で惚れる……じゃなくて! 俺は確かに女が嫌いだけど、かと言って男が好きな訳ではないから! そりゃあ顔の良い男は好きだよ? 鑑賞対象としてな!!」
「何を言ってるんだお前は」

 慌てふためくカイルの必死の弁明に、素で相槌を打ってしまった。本当に、この男が何を言っているのか分からない。
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