だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「……主君は今、楽しいのですか?」
「うん、とっても楽しいわ! 元凶の私がこんな事を言っては怒られてしまいそうだけど」
「成程……とても楽しいのですね」

 アルベルトが、何かを噛み締めるようにボソリと呟いた。しかしその直後、アルベルトはニコリと微笑みを浮かべ、

「──では、主君が満足されるまで逃げ切ってご覧に入れましょう」

 自信満々に言い放った。なんとも主思いな執事に感謝しつつ、私は胸を躍らせる。

「任せたわよ、ルティ!」
「仰せのままに」

 その後はと言うと……更に加速し魔法まで使って逃げるようになったアルベルトに、あちらの司令塔も手を焼いている模様。少々あちらの陣形が乱れているのが見て取れた。
 いつしか、私達がダイナミック鬼ごっこをしている事に気づいた街の人達が、「執事さん、王女様を頼んだぞ!」「捕まらないでよー?」「頑張れディオー!」「いけいけーっ!」と声援を飛ばしてくる。
 駅伝のような状況で、長時間人一人抱えて全速力で走ってるからか……アルベルトの頬にも汗が滲みはじめた。それをハンカチーフで拭ってあげて、私は彼の応援をする。

「頑張れ頑張れルティっ、負けるな負けるなルティっ、ふれー! ふれー! るーてぃーい!」

 あくまでも彼の邪魔にならない範囲で、小さく手を動かすなどして応援する。これしか今の私に出来る事がないのだから、仕方無いでしょう?
 だがこの応援はあまり効果が無かったようで、アルベルトは口を真一文字に結び、恥ずかしげにそっぽを向いた。
 ……アミレス程の美少女に応援されて効果無い事ってある? 応援方法が悪かったのかな……。
 私は反省を生かせる努力家なのです。この応援方法が駄目なら他を当たるのみっ!

「頑張って、アルベルト」
「──っ!?」

 囁くように、彼の耳元で呟いてみる。するとアルベルトは耳を真っ赤にして驚いていた。どうやらこちらは効果があったようで、アルベルトは無言のまま加速した。
 このラストスパートが効いたのか……何とあの私兵団の包囲網を逃れ、私達は貧民街で一番高い時計台の展望台で一息ついていた。
 流石のアルベルトも、一時間近くあの凄まじい逃走劇を繰り広げていたからか、息が上がっている。寧ろあれだけ全速力で走り回って魔法まで使ったのに、多少息が上がるだけで済んでるのが恐ろしい。
 これが諜報部のエリート……本当に恐ろしい……。

「アルベルト、大丈夫? お水とか必要なら出すよ?」
「お気遣い、感謝致します。俺は大丈夫──で、す……っ!?」

 柱にもたれ掛かって地面に座る彼の顔を覗き込む。ゆっくりと顔を上げた彼は、すぐそばに私の顔があって驚いたのか、慌てて後ずさって壁に頭をぶつけていた。何とも、鈍い音である。
 アルベルトは壁に打ちつけた後頭部を押さえて、小刻みに震えている。

「だっ……本当に大丈夫?!」
「大丈夫……です。ご心配には及びません」

 アルベルトは大丈夫だと言うが、心配なものは心配なので、私はこっそり氷を作ってハンカチーフでそれを包んだ。即席氷嚢である。
 それを彼に渡して、私はアルベルトから少し離れた。悲しい事に、どうやら私の存在が彼の心身を休める邪魔になっている疑惑があるので……。
 立ち上がって展望台から景色を見渡す。夕陽に照らされる貧民街はとても輝かしいものだった。百万ドルの夜景なんかよりもずっと美しい景色に感動を覚えつつ、今度は沈みゆく夕陽を眺める。
 ここ暫く降っていた雨のお陰もあって、空は澄んでいる。だからか、いつもよりもずっと夕陽が美しい。

「ねぇ、アルベルト。貴方も見て! 夕陽がとっても綺麗よ!」

 夕陽ならば、彼とも感動を分かち合えるのではないか。そう思い、風になびく髪を押さえながら意気揚々と振り返ると、

「────とても、綺麗だ」

 黒髪と燕尾服を風に舞わせると、今度は瞳をユラユラと輝かせて、アルベルトはこぼれ落ちるままに言葉を紡いだ。
 その顔は、夕陽に照らされているからかとても赤く見える。すると彼はハッとなり慌てたように顔を隠して、こちらに背を向けた。
 ……急にどうしたのかしら? くしゃみでもしたいのかな。
 それとも夕陽が眩しすぎたとか? と、色々と予測を立ててみる。だがその答え合わせをする事は叶わなかった。

 この数分後に嗅覚の鋭いジェジがここまで辿り着き、「にゃー! 見つけたーーっ!」と叫びながら飛びかかって来たので、私達はついに捕獲されてしまった。
 そんな気はしていたけれど、突然アルベルトと共に逃げ出した事や、ダイナミック鬼ごっこの事……それらも含め更なるお説教を食らう事になった。
 でも、鬼ごっこが楽しかったからいいか。
 また後で皆には巻き込んでごめんって謝って、アルベルトにはお礼を言わないと。次があれば──今度こそ、自分の足で逃げたり追いかけたりしたいな。

「私の話……聞いてますか、姫様?」
「あっはいすみません聞きます!」

 元々怒ってたハイラとシルフと、この鬼ごっこについて物申したいメイシアとディオによる地獄のお説教四重奏(カルテット)を長く堪能し、私は夕陽が沈む頃になってようやく帰宅する事となった。
 皆と別れた後も暫く、耳鳴りのようにお小言が耳に残っていたので、その日はあまりよく眠れなかった。
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