だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

309.ある執事と白百合

 大国の王女という立場であるにも関わらず、あまりにも欲が無い我が主は、当たり前のような事を特別な事とばかりに語っていた。
 あの時、俺は思った。
 ──主君が望むならば、俺は何だってするのに。愛や幸せが欲しいのならば俺は全力を尽くすのに。何故、何故、主君は…………俺を使ってくれないのか。
 俺を、都合のいい男を利用してくれればいいのに。貴女様の望むままに使ってくれたらいいのに。

 いつかの薄汚い男ではなく、他ならない貴女様にならば何をされてもいいし、何だってしたいと思っている。どんな命令だって構わない。貴女様から賜る命令ならば、俺はどんなものであろうとも嬉しいだろうから。
 だからそんなささやかな望みで満足せず、もっと欲しいものを欲しいままに望んで欲しい。
 そう、思っていても……そんな事を従僕から主に言える筈もなく。あの小さく繊細な女神様が少しでも周りを頼り、素直に周りからの思いを受け入れる事を覚えてくれるよう、俺はただ祈る事しか出来なかった。
 そんな時に、あの言葉を聞いた。

『私は、きっと貴女の望むものをあげられないわ。もし私を愛してくれても、私には貴女を愛する方法が分からないから』
『難しそうだけど、見よう見まねでやってみるわ。でも……まだ結婚とかは考えられないから、求婚(プロポーズ)はお受け出来ない。ごめんね』

 愛し方が分からないと、愛される事も分からないと、そう仰っていた主君が……ようやく誰かの愛に気づいた。それを認識する事が出来ていた。
 それはまさに、俺達の望んでいた主君の変化だった。
 シャンパージュ嬢のように真正面から想いを伝えたならば、愛が分からない主君にも愛を伝えられるのだと。
 小さな少女の勇気が切り開いてくれた、主君を幸せにする為への新たな活路。主君自身を変える程の、重大な分岐点だった。

 …………それなのに、どこか釈然としなかったのはどうしてなのか。これはとても喜ばしい事なのに、同時に胸に痛みを与えてくる。
 主君にこの溢れゆく愛を伝える方法が分かったのに、それに一生誰も気づかなければ良かったのに……なんて、考えてしまう。
 一体これは何なのか。俺、おかしくなったのか? とあの時は自分自身に問いかけていた。

 閑話休題。俺達は、主君が受け取って然るべき愛情を主君に与えたいと思っている。それがあの会議で改めて共有された俺達の総意。
 それを経て、俺も色々と考えていた。
 果たしてどうすれば主君に俺の愛をお伝え出来るのかと。主君への礼賛の言葉の数々は雨後の筍のように思いつくのだが……突然賛美歌のように雄弁に語れば、流石の主君と言えども困惑されるだろう。

 じゃあどうすればいいの? 俺もシャンパージュ嬢のように、真正面から貴女様を心よりお慕い申しておりますって言えばいいのかな……。
 それとも……信仰しておりますとか? 崇拝しております、とか? うーん、どれもしっくり来ないな。
 こういう時サラが傍にいてくれたらなぁ、的確なアドバイスをくれただろうに。
 例えば、そう──『どれもちょっとズレてると思うなぁ。兄ちゃんの考え方が常識からズレてるからもうどうしようもないけど』とかなんとか言って、何かアドバイスをくれたと思う。サラは優しいからね。

 相も変わらずこの世で最も愛らしい主君の御顔を見つめながら、俺は視察中もずっと物思いに耽っていた。それに気づいたらしい騎士君に何度、『おい、不躾に見すぎだ』と言われた事か。
 その度に『減らないからいいじゃないか』と言い返しては、『いや、減る』と騎士君は俺の言葉を否定した。
 主君の魅力は天井知らずで、流石としか言えない。どれだけ見てもその魅力が減る事はないのだから、やはり凄い。
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