だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
 最近、なんかやけにクラリスと二人になれる事が多いな、嬉しいな。そう言えば皆がすごくもどかしそうな顔してたな、何でだろうか。
 なんて考えながらも働き、ようやく目標金額を貯める事が出来たので、宝飾店に無理を言って迷惑をかけたと謝りつつ指輪を買った。しかし店員の女性は『頑張ってください!』と笑顔で応援してくれた。

 そして来る決戦の日。俺は一張羅に着替えてクラリスと共に出かけた。クラリスもまた、去年の誕生日に贈ったお洒落な服を着てくれたのでいつもとちょっと違った雰囲気でのデートとなった。
 ディオが色々とオススメの店とかを教えてくれたので、デート先には困らなかった。ユーキやラークが色々相談とかにも乗ってくれたので、デート中の会話や些細なエスコートにも困らなかった。

 わざわざ決戦の時に雨の日を選んだのは、一つの傘に二人で入るからずっと傍に彼女を感じられるのと──……初めて、彼女に気持ちを伝えた日も雨の日だったから。
 クラリスは、外に出られなくなるから雨が好きじゃないと、昔、言っていた。だからこそ雨が好きになれるように……嫌な記憶も掻き消すような思い出を。と思い、何かと雨の日に色々としてきたのだ。

「ふぅ…………」

 緊張からはやる鼓動を、強くため息を吐き出して落ち着かせようとする。
 普段ならまずいかないようなお高めのレストラン。別世界のような空間で人気のコース料理を食べて、食後には高級なワインを飲んだ。
 だけど、俺は緊張のあまりほとんどの味が分からなかった。口の中には絶えず唾液が広がり、手汗がびっしょりとついている。
 懐には、この日の為に買ったあの指輪。
 食事も一通り終わり落ち着いた雰囲気になった。

 ──後は、俺が勇気を出すだけ。

 ワイングラスを傾けては、「何がいつもと違うのか分からないわね…………」と訝しげに呟く彼女の姿にクスリと来て、少し緊張が解れた。
 料理を食べ終わってからというものの……クラリスは少し視線を泳がせながら、『美味しかったけど、私はやっぱりバドールの料理の方が好きだな』と小声でこぼしていた。
 それがどんなに嬉しかったか、キミはきっと気づいていないんだろうな。

「……クラリス。大事な話があるんだ」
「……え? 何よ、そんな急に改まって」

 一世一代の覚悟。あの日よりも強く鼓動する心臓が、俺に勇気を出せと言ってくる。
 浅く息を吸って、吐いて。
 真剣にクラリスを見つめる。すると彼女は少し肩を跳ねさせて、真剣な顔でこちらを見るようになった。

「俺は、ディオのように強くもないし、ラークのように賢くもない。シャルのように誰かの役に立つ力もなければ、エリニティのように場を明るくする事も出来ない。弱くて、馬鹿で、頼りない男だ」

 料理や菓子作りが好きな女々しい奴。そう、昔から何度も街の人達に言われてきた。
 実際にそうだ。俺は見かけ倒しの女々しい男。気も弱く、気の強いクラリスやディオに引っ張ってもらってばかりの人間だった。

「──だけど、それでもキミを守りたいんだ。もう二度とキミが傷つく事のないように、俺が、これからもずっと傍でキミを守り、幸せにしたい。他の誰にも、その立場を譲りたくないんだ」

 懐から指輪の箱を取り出す。何度も何度も頭の中で繰り返し想像した、この瞬間。

「どうか、俺だけのクラリスになってください」

 蓋を開けて、指輪を見せつつそれを差し出す。
 世界から音が失われたよう。一瞬が永遠に感じるような、そんな感覚に襲われた。
 クラリスは目を丸くして、指輪に視線を落とす。

「……ねぇ、バドール。なんで私が、あの日バドールの告白を受けたと思う?」

 え? 返事……じゃなくて、何の話だ?

「あんな一生懸命にさ、必死に私の事が好きだって伝えようとして…………あの時言ったでしょ、『嫌な記憶は全部、俺と一緒に塗り替えていこう。キミが幸せになるための手伝いをさせてくれ』って。私が雨苦手だからって、わざわざ大雨の日に言ったわよね、あんた」

 そんな昔の事、覚えててくれたのか。しかも、意図的に雨の日にやってた事も気づかれてた。

「あと、『これからもずっと、俺にキミのごはんを作らせて』とも言ってたっけ」
「な、なんでそんなに覚えてるんだ……?」
「当たり前でしょ。本当に…………凄く、嬉しかったんだから」

 昔のがむしゃらな告白を思い出す事になって、恥ずかしくなる。だがそれも吹っ飛ぶぐらい、俺はクラリスの表情に視線を奪われた。
 とても、笑顔が綺麗だった。今まで見た事が無いような、初めて見る微笑みだった。

「あのね、バドール。あんたが思ってるより、私は昔からあんたの事が好きなんだから……そんな不安そうな顔しないでよ、このヘタレ。というか、ずっと待ってたんだから。あんたがプロポーズしてくれるの」

 微笑みから、いつもの彼女の笑顔へと変わる。
 そしてクラリスは指輪を受け取って、頬杖をついた。

「私の事、ちゃんと幸せにしなさいよ? まあそれよりも先に、私があんたの事幸せにしてやるけどね」

 ニッと笑う彼女に、やっぱりクラリスはクラリスなのだと俺は安心した。
 太陽のように眩しい、俺の憧れの女性(ひと)
 俺の大好きな──……俺だけのクラリスだと。

「──ああ。必ず幸せにする。必ず、キミより早くキミの事を幸せにしてみせる」

 涙を堪えながら、俺は宣言した。
 無事に求婚(プロポーズ)が成功し、多幸感と達成感から体中から力が抜けていく中。思いもよらぬ異変が起きた。

「──ちょっ、バドール! 外見て!」
「外……?」

 クラリスに促されるまま外を見ると先程までの雨が嘘のように、空には美しい夕焼けが広がっていた。そんな空に架かる、鮮やかな虹が美しかった。
 あまりにも突然の事に、俺達はポカンとしていた。
 だけど、いつしかクラリスの横顔に笑みが浮かんでいて。

「ねぇ、バドール。雨の日も、案外悪くないね。こうやって──……一生思い出に残るような経験を、あんたと出来たんだから」
「……ああ、そうだな」

 クラリスの言葉と、何歳になろうとも変わらないあどけない笑顔。その二つを噛み締めながら、虹を爛々と目を輝かせて眺めるクラリスを、俺はずっと見つめていた。
 ふと、グラスに残るワインを口に含む。
 さっきまでは味が全然分からなかったのに、今は、今まで飲んで来たどの飲みものよりも美味しく感じる。
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