だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
(事実シュヴァルツのあの行動で王女殿下が助かったのだとしても……それがあの無礼を許す理由になるのか? たった十四歳の王女殿下の無防備な唇を、そんな理由で奪っていいというのか? ──否、そんな事は許されない! 王女殿下の意思を無視して強引に唇を奪うなど、猥褻行為に他ならない!!)

 顔や腕にいくつもの青い筋を浮かせ、イリオーデは一歩を踏み出そうとした。しかし、それは他ならぬアミレスによって妨げられる。

「まって、イリオーデ」
「王女殿下……?! しかし、あの者は貴女様の唇を──」
「〜〜っ、そう何度もキスされた事を口にしないでよ! 私、もうその事は忘れたいの!!」
「……え?」

 まさかの反応だった。アミレスは耳まで真っ赤にして、もう限界とばかりに涙目になっていた。

(前世でも、勿論今世でもこんな事したことないのに! なんで、なんでこんな状況でこんな事に……っ!!)

 アミレスは、それはもうテンパっていた。
 恋愛経験ゼロ。恋愛に関する知識は全て本やゲーム頼りの世間知らずなこの少女は、経験に無い急展開に頭がこんがらがり、完全にご乱心だった。
 錯乱したアミレスなどかなり珍しい。そんなものを目の当たりにした為、イリオーデもシュヴァルツも開いた口が塞がらなかった。

「お金はある程度置いておくから払っておいて! 私は先に帰る!!」

 懐から財布を取り出し、その中から勢いよく何枚かの氷金貨を取り出しては、机に置いて……アミレスは喧嘩をして家出する子供かのように、早足にその場を後にした。

「ちょっ、おねぇちゃん!?」
「王女殿下!」

 慌てて追いかけようとシュヴァルツとイリオーデが振り向くも、アミレスは「来ないで!」と残して走って店を出た。

「王女様、足が凄く早いんだな……」
「…………イリ兄、顔、怖いよ」

 窓の外に、かなりの速度でどこかに向かうアミレスの姿が見えた。
 それを見てシャルルギルはボソリと見当違いの感想を零す。違う、そうじゃない。
 そして残されたシュヴァルツとイリオーデはと言うと……シュヴァルツはバツの悪そうな顔を作り、イリオーデは何人殺したのかと問いたくなる程の、凶悪な面構えになっていた。
 その殺意は、シュヴァルツに向けられていて。

「貴様の所為だ。貴様がいたから、王女殿下はあのような……ッ!」
「だからそれに関しては仕方無かったって言ったじゃん! つーか、アイツがたかが口付け一つであんなに騒ぐとかこっちだって予想外だったっつの!!」

 二人が言い争う声が店内に響く。
 認識阻害があって本当に良かった。あれが無ければ、今頃王女の騎士が民間人と言い争ってる──などと面倒な噂を立てられていただろうから。
 それ以前に、バドールとクラリスにも気づかれていただろうから。
 店に入る前のシュヴァルツの機転が、ここまで光るとは……誰も予想だにしていなかった。
 この後、一触即発の空気に店員が流石に出て来て、「兄弟喧嘩は他所でやってください!!」と彼等四人は店から追い出された。
 その後、あの場から逃げ出したアミレスを捜索する為に、彼等は街中を駆け回る事となるのであった。

 一方、アミレスは一心不乱に走り、いつの間にか帝都南部地区の端の方にまで辿り着いていた。
 晴れたのはあの一帯だけなので、傘も持たないアミレスは今やずぶ濡れである。シュヴァルツの施した認識阻害がなければ、間違いなく大騒ぎになっていた事だろう。

(──確かに、私の自業自得だ。でも、だとしてもさ、もっと他に方法はなかったのかなぁ! こういうのって血を飲んだら魔力を与えたり出来るんじゃないの? ああでも、シュヴァルツがいくら変わった子だとしても血を飲むなんて嫌か…………いや、でもさぁ! 手を繋ぐとかでもゆっくりだけど可能だし……本当に、なんで、よりによってキスなの!?)

 バシャ、バシャ、と。雨を浴びて、水溜まりを踏んで。傘をさして歩く人達がすれ違いざまに振り返る程、彼女はその身体能力を発揮して雨の街中を疾走していた。
 広場のような場所に出ると、大きな木があった。そこに手をつき肩で息をして、アミレスは木にもたれ掛かり木陰で座り込んだ。
 寒い。こんなにも雨に濡れたのだから、当然と言えば当然だ。
 だが、それ以上に。今は誰かに愚痴を聞いて欲しいと──人肌が恋しいと彼女は思った。
 白夜を抜き、刃の部分に指を少し押し当てる。丁寧に手入れがされているその剣は、アミレスの白い肌にいとも容易く赤い傷を作った。
 その血が何滴か地面に滴ると、白夜をそこに突き刺して、彼女は懇願するように呟いた。

「……星を燃やして命を輝かせよ」

 すると地面に落ちた血がジュワッと蒸発し、湿った地面には魔法陣が浮かび上がる。導火線を火が走るかのように、その魔法陣は輝くのだ。
 雨の夕暮れに似つかわしくない暖かな光が辺りを照らすと、光の中から血よりも赤く眩しい長髪を揺らす男が現れた。
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